不思議な作品。著者は旧ソ連出身のもともとは数理動物生態学者。しかしそのフィールドではやることはやり終えて、後に歴史の数理分析に転向したいわゆる複雑系の学者。著者はそれをclio-dynamics (歴史の動態学)と命名している。さて、このcliodynamicsとは何か。本書を読んでいただければといいたいところだが、実は本書には、グラフや表は一切ない。数式も全く出てこない。一つだけ出てくるのだが、本筋とは関係ない文脈でだ。

 

cliodynamicsの方法論については、付録(appendix)で言及されていると著者はいうのだが、ここにもグラフや表、数式も皆無で概念的な説明に終始。簡単にいうと、膨大な過去のデータから、過去に1万年以上にわたって繰り返されてきた普遍的なパターン、歴史法則(政治のダイナミクス)を科学的に抽出する学問ということらしい。

 

本書では意識的に、このcliodynamicsの肝ともいうべきディテールには言及されない。数理方程式とデータマイニングの過程を呈示されても、一般の読者には何のことやらわからない。というわけで、その部分をすっぱり切り落として、その結果である法則を、最近のアメリカ社会の動向と絡めて、提示した作品なのだ。細かい方法論に興味のある方は、著者の前著を見ていただきたいということらしい。さらに著者は10年ほど前に、現在のアメリカの社会の分裂とその暴力化を警告しており、その予言の先駆性からも話題になった作品らしい。

 

そういえば、日本にも、昔「昭和史論争」いうものがあったらしい。日本の歴史をマルクシズムの発展段階論の図式に当てはめて解説したものらしい。そこでは人間が描かれていないとして批判され、この図式自体が観念の産物であり、もはやこの種の粗雑な図式的な説明が前面から露骨になされることは今はない。もっとも世界史の教科書にはその残滓がsanitizeされながらもいまだに残っているようだが。このclio-dynamicsも別な意味で、その「人間の捨象」という匂いが濃厚にした。というわけで、普通だったら、おそらく手には取らない作品だが、John Grayの近著「New Leviathan」の注に本書への言及があり、読んでみた。普通は同じ本を続けて二度は読まないのだが、本書はなかなか取扱いが厄介な性格の作品でもあり、二度読みをしてみた。

 

たしかにマルクシズムのように、ドグマ(証明されていない法則)に適合する都合のいい歴史現象をcherry-pick(いいとこどり)をしてくるのとは異なる。むしろ、膨大なデータの処理から、普遍的な法則を導き出した主張するアプローチなのだ。もっともそのアプローチや方法論を理解することは、大半の読者には無理なのだが。

 

さて、そこで抽出された普遍的な歴史の法則とは何なのか。それは、政治と国家の生成は、安定と不安定のパターンをほぼ100年から200年の刻みで示しており、その安定と不安定のプロセスは、時代を越えた基本となる力学に規定されているということ。

 

その力学は、1)民主の貧困度合い、2)社会のエリートの供給状況、3)国家財政の状況と国家の正統性、さらには4)地政学的な要因に集約される。おそらく、これらの要因の変化が様々な歴史的なデータの処理により把握され、そこに政治の安定度と暴力を示すデータとの相関関係が観察されるという学問なのであろう。

 

この法則の理念型の抽象的な呈示だけでなく、過去のいくつかの歴史的なケースを使ってこの法則の妥当性が示されていく。フランス史、英国史、中国史、特にアメリカについては、南北戦争前と後、そしてニューディール政策とその政策の70年代以降の破綻等を中心として詳しくたどられていく。

 

さて読後感はどうだろう。歴史的な分析は興味深く読んだ。しかし、この普遍的な法則というもの、その論証のプロセスの精緻性と厳密さという学者向けの側面を別にして、大上段に構えて今一般読者に提示するほどの物なのだろうか。社会エリートが過剰生産されれば、エリート内の対立(SOCIAL JUSTICE WARRIORSの跋扈)が激化し、民衆が貧困化(不平等の拡大)すれば、カウンターエリートの宣伝により社会が不安定化するというのは当たり前の話ではなかろうか。時代ごとに異なるそのプロセスの様相の特異性こそとその転換点の呈示こそが歴史学の課題のような気がするのだが。

 

調べてみると、著者の旧作が邦訳されていた。ただ読むかな?