このところ、続けて読んでいるのが、いわゆるSocial Justice Warriors (SJW)、wokeやCritical Race Theory (CRA: 批判的人種理論)関係の本だ。対岸の火事といった感もあったのだが、この猛威はとうとう日本にも寄せてきた。

 

ここ数年の読書を通じて、メディアはいうに及ばず、現在のアメリカの学会、大学、政府、学校がさらには企業までもが、この主の流れの猛威にさらされているのは、それなりに理解できた。ただどのようにして、このようなおぞましい現状にたどり着いてしまったのか、その歴史的経過については、なかなかうまく整理された作品にはこれまでのところで会わなかった。その中で、見つけたのが、最近出たこの作品だ。

 

副題からして、そのものずばりだ。「どのようにして、極左がすべてを征服してしまったのか」。

 

本書の肝は、その長い歴史的射程だ。話は、かすかに覚えている60年代のアメリカの学生運動、black pantherやweathermenまでさかのぼられるのだ。そして登場するのが、この新左翼運動の教祖とも言うべきマルクーゼだ。もう忘れられてしまったと思われていたこの不思議な人物。本書では、現代のwokeにつながる思想的源流として位置付けられている。

 

このイデオローグにそそのかされたアメリカの60年代の過激派は、その過激さゆえ、表面上は70年代前半に消え去ったことになっている。しかしその残党は、失敗の経験後、学究の道に進み、内部からアメリカ社会の転覆を企てたというわけだ。その経過は、angela davis(black studies), paulo freire(教育学者), derrick bell(法学者)という三人の学者の軌跡をたどることにより詳しく語られていく。

 

そしてこの流れといわゆるidentiy politicsを90年ごろに統合したのが、批判的人種理論 (CRA)だ。60年代の公民権運動まで黒人への差別が継続していたアメリカ人の原罪というか泣き所は「人種」なのだ。この泣き所、人種を核にして、すべての価値基準を転覆して、言葉の意味を転倒させたところに、文化政治の道具としてのCRAの猛威の秘密がある。

 

CRAは言葉の転倒、誰も抵抗できない「Diveristy, Equity and inclusion」をスローガンとして、Diversitariatとともいうべき強力な官僚組織を様々な組織に埋め込むことに成功する。そこに現れたのは、中世の魔女狩りや文化大革命中国の人民裁判顔負けの、非寛容の構図だったというわけだ。そこでの狙いは、新しい人間の創造。つまりアメリカの極左はスターリンがいみじくも名づけた「Engineers of Soul」なのだ。この変貌したアメリカがその姿を表にあらわしたのが、2020年のBLM運動だった。

 

本書には、過去50年のこの歴史が詳しく語られている。英語もわかり易く、必読だろう。