昨年末から読み始めたこのシリーズもやっと3巻目を終了。ここまでで、約2600ページだ。

 

いよいよ作品の舞台は3月革命(旧暦では2月革命)となる。

 

今回のNode III book 1が扱うのはわずか数日間。1917年3月8日から3月12日までだ。この数日間で、一時的なパン不足によって引き起こされたペトログラードの小さな騒ぎがあっという間にペトログラードの一部の軍隊の反乱を引き起こし、政府側の不手際も重なり、市内の秩序が崩壊し内乱状態に陥ってしまうのだ。

 

わずか5日間に約630ページという分量。というわけで、様々な人物が登場する。その登場人物の背景は多岐にわたる。巻末の人物リストを見るだけで100人以上が掲載されている。

 

登場人物には歴史上の人物だけでなく作者が造形した想像上の人物も含まれ、ここにロシア文学特有の名前の呼び方の複雑さも絡んできて、慣れない読者を混乱させる。ここには、皇帝やその親族や取り巻き、政府や軍の指導者、ドーマの議員、そして末端の兵士、さらには戦争中ということもあって鳴りを潜めていた様々な毛色の左派の人物までが登場する。この登場人物たちの交錯さらにはこれらの人物の詳細な背景や経歴の描写を通じて、いわゆる3月革命の実相とそのダイナミックスが描かれていく。必然的に分量は多くなる。

 

というわけで、「1914年8月」や「1916年10月」とは異なり、これまでの中心人物であったvorotyntsevの比重は大幅に低下する。彼は、そもそも家庭内のトラブルでこの時点では、ペトログラードからモスクワに移動しているのだ。というか、事実が圧倒的な重みを持つこの「March 1917: Node III Book I」では、彼が動き回る余地がもはやないので、彼をこの中心の舞台からわざと遠ざけたのだろう。

 

さてこの一連の流れから浮かび上がるのが、ロシア政府の悲しいほどの統治能力の欠如なのだ。というよりこれは皇帝に変わる有効な権威を作り出せなかったロシアの政府の構造的な欠陥。皇帝に限らず内閣、軍指導部共に状況の掌握が出来ずに、その対応は後手後手に回り、軍の命令系統の崩壊へ有効な手筈が打てない。気がついたら、反乱軍や命令拒否の軍部がいつの間にか多数を占めるようになり、首都は権力の真空状態へ陥ってしまっているのだ。

 

社会の秩序は微妙な均衡の下で維持されており、究極のところ被治者の政治的な権威への受動的な服従に依拠するところが大きい。この正統性を失った権威が最後の手段として依拠せざるを得ないのは生の暴力の行使なのだが、この政府には生の暴力を行使し秩序を回復する自信が決定的に欠落している。そしてこの暴力手段の独占が、首都では崩れてしまったのだ。けっして3月革命は、高校の教科書が好意的に描く「民主革命」の図式にすっぽりと落ち着く現象ではない。

 

ここで遅まきながら、混沌とした状況の下での新しい権力への模索が始まる。その一つが、ドーマによる臨時政府樹立へ向けての動きであり、もう一つが左派によるソヴィエトの設立なのだ。この流れには、さまざまな思惑が同床異夢の状態で絡んでくる。この時点でのボリシェヴィキの存在は希薄なのだ。

 

この巻の最後は、皇帝の弟ミハイルの冬宮からの脱出のシーンで締めくくられている。様々なロマノフ王朝の歴史の舞台ともいうべきこの象徴的な舞台から護衛もなく反乱軍を恐れて秘かに逃げ出さざるを得ない王族の姿は象徴的だ。そう、王族にとっての最大の敵は戦争とそれが引き起こす権威の低下なのだ。

 

大量の登場人物そしてペトログラードという場所への土地勘のなさ。この2つが本作品に取り組む際の難関だろう。人物にはある程度なれることが出来るが、悲しいかなペトログラードには行ったことがない。本書には様々な場所が登場するのだが、それぞれの場所がおそらく醸し出すであろう多様なイメージへの基礎知識が僕には決定的に欠落しているのだ。巻末には登場人物リストとペトログラードの地図が付録としてつけられているのだが、読みながら、この巻末と何度も行ったり来たりをするのは、やはり面倒。

 

この続きの「Node III Book 2」のペーパーバック版は10月に発売されるとのこと。このシリーズどこまで続くのかいな。