先月末から読み始めた「1914年8月」。今回は、前回の投稿でも触れたように、邦訳をベースにゆっくりと読み始めた。そのおかげもあって、これまで途中での断念の大きな原因でもあった、「タンネンベルクの戦い」に代表される戦争シーンの部分も無事に通過することが出来た。戦争シーンは風景シーンの描写と同じで、外国語で書かれた場合は、そのディテールはなかなか読み進めるのに苦労する。まして本書に収められている地図では、この戦争の地理的な展開を視覚で捉えることが難しい。

 

もう一つやっかいなのは、よく言われるロシア語の呼称の複雑さだ。同じ人物がいろいろな名前で呼ばれ登場するのだ。これは混乱させる。知識として知ってはいても慣れるまでは相当時間がかかる。この辺の綾については、現在並行で読んでいる、この作品が参考になった。

 

この種の障害をクリアしながら、読んでいくのだが、この「1914年8月」には実はもう一つ大きな問題が埋め込まれているのだ。

 

それは、当初の版と最終版との間に大きな相違があるのだ。この相違は、本書さらには、その後に続く全シリーズのモチーフとも絡む重要なポイントだ。この違いについては、なにか解説がないかなとネットを探索していたら、youtubeで非常に参考になる動画を見つけた。アメリカの大学教授が、この相違について実に丁寧に説明してくれているのだ。英語のわかる人はこの動画を見ていただくのが手っ取りばやい。字幕が出せるので、聞き取りが苦手な人でも十分に理解できるだろう。

 

 

この相違とは、実は最終版では、初版にない約300ページが新しく付け加えられているのだ。つまり本書(英版)840ページのうち、約40%近く。というわけで、この部分については、もはや邦語訳(初版に基づく)の助けを借りることはできない。が、この部分は、戦争シーンが終了した後なので、僕にも十分理解できる。

 

じゃ、この部分は何かというと、ロシアのテロリズムの長い歴史と伝統とそこに内在する狂気と視野狭窄、暗殺されたロシアの宰相ストルイピンの政策、ストルイピンの暗殺者ドミトリー・ボグロフの役割、そしてロシア皇帝ニコライについての詳細な記述なのだ。特にこの暗殺者ドミトリー・ボグロフとロシアの秘密警察オフラーナ(ロシア帝国内務省警察部警備局)との奇怪で倒錯した関係は、他の類書ではあまり深堀されていない部分でもあり参考になる。

 

 

この新しく挿入された部分は、その評価についてはいろいろ意見が分かれるのだろうが、非常に読みごたえがある。いうまでもなく、高校の世界史の教科書ではわずか一行でとばされてしまうストルイピンという人物だが、中断された改革への意志と作業はその後のロシア革命という大変動の後ではどうしてもその意義と内実は過小評価されてしまう。作者ソルジェニーツィンはこの人物の歴史的な復権を狙いとしており、テロによるこの人物の歴史の舞台からの退場が、その後のロシアの悲劇的な歴史の展開に決定的な影響を与えた結節点と考えていることがよくわかる。

 

さて本シリーズのもう一人の中心人物、レーニンだが、本書で彼に与えられたスペースは限定的だ。

 

ただ、「革命の商人」パルヴュスも登場し、レーニンのマキャベリスティックな本質は十分に描かれている。レーニンは、「チューリッヒのレーニン」という別の作品で、対象となる期間をひろげて、もう少し集中的に扱われるのだが、この「チューリッヒのレーニン」と本シリーズとの関係もなかなか複雑だ。

 

実はこの薄い「lenin in zurich」だが、この作品、特に巻末の人物紹介に僕の読書遍歴は多くを負っている。

 

 

今回はここまで。