黒木さんの作品を久しぶりに読む。彼の処女作「トップ・レフト」は、途中の展開は別として、結末のあまりの陳腐さと非現実さに失望して、その後は彼の作品を手に取ることはなかった。

 

 

 

今回、なぜこの作品を手に取ったのかというと、つまるところはタイトルの魅力。「アパレルの興亡」。広告や流行に本質的な違和感と嫌悪感を抱く僕にとっては、一番興味のない領域。しかしながら、現在の百貨店の衣料品売り場のガラガラに象徴されるこの業界の近年の変貌や、私のような門外漢にとってもさすがに気になる現象だった。それに、本書の出版元は、あの岩波書店なのだ。

 

読後感はというと、期待していた以上に満足のいくものだった。本書のフォーマットは、基本的には業界の変貌を現実に存在した会社の軌跡をわかりやすく描かきながらも、そこに「オリエント・レディ」という百貨店に依存したビジネスモデルの「架空」の会社を設定するという込み入ったものだ。

 

おそらく、この「オリエント・レディ」に関わる人物にも現実にはモデルは存在するだろうが

ただこれにより、業界の構造やプレーヤーの変貌を忠実に取り上げながらも、著者の作家としての想像力を躍動させることが可能となった。

 

このストーリーの中心に置かれるのが山梨という田舎から出てきた人物だ。衣料というもののメカニズムと本質には習熱しながらも、ブランドというものを最後まで理解することが出来なかったパーソナリティ。この人物の戦後の一生を、彼が君臨した「オリエント・レディ」とそこに関わった様々な人物たちの成長と没落と絡めながら、戦後のアパレル業界の変貌が描かれる。生地や織物の産地、アパレルメーカー、百貨店、総合商社などが様々な思惑でこの業界に関わってくる。ただそこは死屍累々の戦場なのだ。

 

時代の変貌は残酷だ。カテゴリーキラーの登場と百貨店の没落、ブランドのはかなさ、そして中国市場開拓の苦闘で本書は閉じられるのだが、まさに「兵どもが夢の跡」というテーマにふさわしい作りなのだ。

 

最後に描かれる光景は何ともいえず象徴的なものだ。現実は本書の出版後、さらに先に進みつつある。本書では成功者として最後に描かれるユニクロも、今まさに時代の波を読み誤り、中国という蟻地獄にのめりこんでいるというのは皮肉なものだ。でも「夢」は終わることなく続いて行き、これからも屍の跡は絶えることはない。