「The Rise of Carry: The Dangerous Consequences of Volatility Compression and the New Financial Order of Decaying Growth and Recurring Crisis」
![]() |
The Rise of Carry: The Dangerous Consequences o...
3,708円
Amazon |
先月末に届いた本。risky financeというサイトで紹介されていた本。コロナウイルスの進行にもかかわらず、上がる一方の米国株式相場が気になり、違和感を感じて2月の半ばに注文して読んでみたのだが、読み始めがちょうど今回の株式市場の暴落の動きと重なったという因縁の作品だ。
ただ中身はとても素人に勧められる作品ではない。著者の基本的なメッセージのアウトラインとその背後にある懸念や憂慮はなんとか理解できるのだが、鍵となる概念の未整理と議論の飛躍、そして大風呂敷に特徴づけられる作品であり、正直なところ読み進めば進むほどわからなくなってしまった作品だ。いや3000円も払ったのに。だれか優秀な人のレビューを読みたいというのが本音だ。とはいえ最後まで読み通したわけで、僕の現時点での混乱した感想を記すことにより、逆説的な意味で、皆さんの参考になればと思い、恥をさらす次第。
そもそも、この「Carry」という用語自体が、曖昧模糊とした概念なのだ。よく使われるが、あまりものその一般性のため、なかなかその役割りが特定できないのだ。ある意味では、金融はすべて「carry」なのだ。本書では、「an activity that provides a steady premium income but exposes the seller to occasional large losses.」と定義されている。さてわかったようなわからないような。また別の箇所では、「Carry trades make money when “nothing changes”」とも言及されている。
もし、「Carry」を為替の領域に限定すると、そのリスクと普遍性やメカニズムまではまーなんとか理解できる。つまり低金利(米ドルや円)の通貨で資金調達し、高金利(トルコ・リラや豪ドル)の通貨での運用だ。現在の金融の世界では、これに巨大なleverageがかかるため、究極的にはいつも為替の変動(高金利通貨の減価)により、クラッシュが起き、参加者の多数が退場ということになる。ただここにはいつも最終的には中央銀行(究極的にはFed)の介入が最終的には担保されており、大きなリスク吸収力を持つプレーヤーは、巨額の損失にもかかわらず生き残るというわけだ。生き残ったプレーヤーはまたこのcarryを始めることになる。
このサイクルこそが金融市場の本質であり、それへの対処として埋め込まれたリスク管理の思想と様々なメカニズム(追証、ロスカット)は、逆説的な意味で、このクラッシュのインパクトを増幅する。このサイクルが繰り返されることにより、そこに投入されるリスク量は大きくなり、より大きなクラッシュが一定の頻度で起きるわけだ。経済のしもべであるはずの金融が逆に経済を決定づけるというわけだ。経済のファンダメンタルな変化が経済危機を生み出すのではなく、金融市場でのcarryとその不可避的な結果としてのcrashがそのスケールの大きさのため、経済の不況を引き起こすというわけだ。中央銀行はこのcarryの囚人に堕しており、結果として、強者はさらに強くなり、富と権力の不平等が進行するというわけだ。ここは、ピケッティの「Capital in the 21st Century」の議論と共通する。というか中央銀行や政府が巨大なcarryの当事者。たとえば、日本政府は巨額の政府短期証券をBOJに引き受けさせ、米国のUS Treasuryを購入している。年金の海外有価証券投資や生保の外債投資も同じ。ここまではなんとかついていける。
ただ著者の議論は、通貨でのcarryにとどまらずに、「a trade with ‘short exposure to volatility’」と議論をさらに抽象化させ、そこではsp500のindexのvolatility sellingまで「Carry」にまで包含されていくのだ。著者は、SP500こそが究極のcarryとまで言い切っているのだ。ここがおそらく著者の議論の一番目新しい点なのだろうけど、残念ながらここから先は著者の議論を追いかけることが出来なくなってしまった。後半は、carryと絡めた現在の金融市場の持続不可能性、中央銀行の手詰まり、と新しい展望にまで議論が広げられるのだが、前半のテクニカルな議論と後半の大きな議論がどうもうまくつながれていない。
本書の結語は、以下の通りだ。
Ultimately, the verdict of history will likely be that the post-Breton Woods experiment with fiat money failed. But techonologies that have emerged could potentially provide the basis for future, workable monetary systems. Whatever it is that eventually rises from the ashes of the present monetary systems, we hope it will be more effective in restraining the rise of carry.

