これも壮大な無駄だったのか?
![]() |
内閣調査室秘録 戦後思想を動かした男 (文春新書)
1,296円
Amazon |
だいぶ前に、「Who paid the pipers: The CIA and Cultural War」という作品を読んだ。Cultural Congress for Freedomというフロント組織をconduitとして、欧米の様々な知識人を言論工作上操ろうとしたCIAのoperationがそのテーマだった。冷戦は政治、軍事、経済の分野だけでなく、文化の領域でも行われていたというわけだ。日本関係の人物も何人か出ていたように記憶している。当時Amazonに書いたレビューは、文字化けしていて判読不可能、何を書いたか今では記憶もあやふやだ。
本書はその日本版ともいえる。志垣氏の当時の日記がそのままここには再録されているのだ。扱われた時代は1950年代半ばから1978年まで。その間には安保闘争、学生運動、沖縄返還、日中国交回復、石油ショックなどの重大なイヴェントが目白押し。本書で取り上げられるのは、当時の知識人、大学教授たち。様々な名目の委託研究や報告書の作成をこれらの大学教授に委託することにより、そこに調査費、研究費や審議会・シンポジウムの開催費用という金の支払いが発生する。そこには必然的に飲食が伴ない、その場が夜ということになると、アルコールが登場し、人間関係は濃密となっていくのだ。日記に登場する料亭、クラブ、キャバレーの名前は数多いのだが、残念ながら「ざくろ」をのぞくとその名前を聞いたものはほとんどない。また登場する大学教授や知識人は山崎正和氏などの数少ない例外を除くと、そのすべてが鬼籍に入った方々のようだが、これは偶然なのか、それとも意図的なのかは不明だ。
この種のレポートの作成という「カバー」というか「アリバイ証明」は、知識人の知的虚栄心と現実への関わりへの渇望(desire for relevancy)を満たしながら、かつ経済的なアメの提供という意味でも、これら知識人たちの物心両面での欲求を満たすものであり、中ソの共産圏のインテリジェンス組織もよく使うのは常識である。本書にはほとんど登場しない「進歩的」知識人が中ソや韓国の工作員と同種の関係を持っていたであろうことは想像に難くない。
ただ本書に現れているのは、興味深いがあくまでも膨大なディテールの集積であり、それ以上のものではない。これらのディテールが示唆する人間関係や委託研究・調査が実際の重要な政策決定にどのように関係したのかは、不明のままだ。日記の記述はあくまでも、例外的にいくつかの個人的なコメントはあるものの、志垣氏の外部接触のディテール(日時、場所、人物)の散文的な呈示に限定されているのだ。これらの無数の接触の後に、おそらく内部用に作成されたであろう報告書やその回覧先を参照することなしには、これらの接触の持った意味合いを的確に位置付けることは不可能。そういう意味で「戦後思想を動かした男」という副題は勇み足としか言いようがない。
あくまでも私見に過ぎないが、内閣調査室の発足の経緯やその特異な組織的な位置づけをみると、この組織は首相や官房長官が持っていた一つの情報チャンネル以上の存在と位置づけることは難しいのではないだろうか。ここで多くの時間と金をかけて築かれた人間関係が、なにか重要な政策の形成や決定において、重要な役割を果たしたとは思えないのだ。もっとも本書でカバーされているのは、学者や学会をその対象とする内調第五部の活動だけなので、それ以外の部門を含めた内調の全体像についての評価はできない。編者の岸氏には、未読だが「核武装と知識人」という作品があり、そちらを参照したほうがいいのかもしれない。
![]() |
核武装と知識人: 内閣調査室でつくられた非核政策
3,888円
Amazon |
志垣氏自身はその華麗な経歴(旧制高校から旧制帝大)にもかかわらず、官僚組織への入り方が正規のルートではなかったため、結局のところ官僚組織で出世の階段を歩むことはなかった。ただその経歴は、様々な学者との関係を築き維持していくうえでは十分に対等な関係を保証するものだったのであろう。そういう意味では適材適所だったようだ。わたしの数少ない経験に照らしても、この世代(学徒動員の対象)の人には、戦争により本来歩んだであろういわゆる日本の本流のルートから外れてしまった人が時々見受けられるのだが、志垣氏もその一人なのだろう。
最後に、本書では、テーマや人物別に接触のディテールが時系列的に提示されるというスタイルを取っているのだが、むしろこれらの枠を取っ払って、すべてを時系列的に並べた方がよかったと思われる。というのは同じ記述が何度か繰り返し現れるからだ。編者による後書きによると、2012年から2017年までの期間において、安倍首相に一番面会回数が多いのは、あまたの人物を差し置いて、現内閣情報調査室長とのこと。これは興味深いデータだ。


