20年前に購入して、ちょっと読み始めてそのままになっていた本。どういうわけか読み進めることができなかった作品だった。最近、著者の他の作品を読んで、もう一度読んでみようと手に取ってみた。今回は無事最後まで読了したが、やはり読みにくい。なぜ読みにくいのか、考えてみたのだが、あまりにもいくつもの魅力的な、しかし位相の異なる、仮説を入れ込み過ぎたのがその原因なのかもしれない。

 

まず、「民都」大阪対「帝都」東京という仮説。これは魅力的な大仮説だ。1930年代までは、人口、面積、経済のすべてにおいて東京を圧倒していた大阪を「民都」という造語で象徴し「帝都」東京と対比させ、この実証に関西の私鉄の発展の経緯とその特徴を選んだ点はわかりやすい。たしかに、関西の私鉄、特に阪急は著者のいう「阪急文化圏」のオーガナイザーとして独自の発展を遂げているからだ。著者の長年の鉄道ファンとしての強みが細かい目配りと共に発揮され生き生きとした描写が続く。ただ、これを「思想としての関西私鉄」、とくに反官思想とまで持ち上げて、まとめてしまうのはやりすぎではなかろうか。そんな思想とも形容すべきものが、はたして「関西の私鉄」に存在したのだろうか。

 

それに、これだけでは政治学の研究とはならない。せいぜい経済史の研究だろう。阪急が行った沿線の住宅開発や宝塚などまで領域を広げても、せいぜい経営学や社会学の研究といったところだろう。そこで政治学の研究者である著者は、そこにもう一つの魅力的な仮説を重ねてくるのだ。それが昭和天皇の登場による大阪の民都から帝都への変貌なのだ。この変貌の中には、関西私鉄の変質も包含されてくる。そこに影の薄かった大正天皇の後に登場した昭和天皇自身の度重なる大阪訪問の持つ意味が解き明かされていく。この部分では、昭和天皇のまなざしにまで言及され、天皇自身の思いまでが著者によって語られているかのようで、天皇の大阪訪問は、仁徳天皇の時代の文脈にまでさかのぼられ、再現された「国見」としての解釈までが援用されるのだ。

 

これはちょっと悪乗りが過ぎる。自らの仮説のスケールの大きさに魅惑され、原先生自身にいつの間にか昭和天皇が憑依してしまったかのようだ。さらには、本書の最後には、東京でも大阪でもなく、「神都」伊勢こそが、帝国の新しい中心となったとまで、結論付けられているのだ。これはいったい何を伝えたいのか?たしかに昭和10年代、特に1930年代は異様な時代なのだが。

 

むしろ、著者が述べている「大正を忘却し、昭和天皇を明治天皇の記憶に重ね合わせようとする当時の国家的な戦略」を、その実際の担い手の発想や行動を含めて実証的にそのあとをたどったほうが、政治学としては常道の作品となったのではとの感が強く残る。もっとも、本作品は20年前の作品であり、著者はその後にも多数の天皇関連の著作を発表しており、この種の手堅い作業はそこで着実に積み重ねられているのかもしれない。そういう意味では、原先生の若かりし頃の大胆な発想の一端がうかがえる貴重な作品なのかな?