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Ward No. 6 and Other Stories, 1892-1895 (Pengui...
1,068円
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最近、再読を始めたチェーホフですが、再読とはいえ15年以上の時間を経てしまうと、まっさらで読んでいるようなもんですわ。登場人物はいうまでもなく筋すら忘れています。さて前作についで読んだのが、これです。「Ward No.6 and Other Stories: 1892-1895」。いわゆる短編集です。発表された時代が1892-1895というわけです。 収められているのは、以下の短編です。もっとも「3年」は100ページ近い大作ですが、以下の作品が収められています。
キリギリス
Ward No.6 (病棟6号)
アリアドーネ
黒衣の僧侶
殺人
女性の王国
The Two Volodyas
三年
学生
前作に収められた作品に比べると読みやすさという意味ではだいぶ劣る印象を受ける。この短編を大きく区分してみると、女性を主人公としたもの(キリギリス、アリアドーネ、女性の王国、The Two Volodyas, 三年)とそれ以外とに分けられるのですが、概して女性を中心としたものが読みにくい。これらに登場する女性たちは概して19世紀末を賑わしたfemale fataleの特徴を色濃く帯びており、それぞれにこれらの女性の抱えていた状況は異なるのですが、どれもストーリは平板なパターンに終始しているようです。男性の存在感の薄さはどれにも共通しているのだが、肝心の女性が魅力的に描けていないようだ。というよりこれらの女性が当時抱えていた煩悶にもはや共感する素地が僕たちにはないのかもしれない。
やはり一番は「病棟6号室」だろうか。ここでは立場の逆転ともいうべき構図が最後に設定されている。この作品をして、ソヴィエト時代の反体制活動家の精神病院への隔離のプロトタイプと捉える見方も前はよく耳にしたが、そこまで歴史の後読みをする必要はないのかもしれない。ソヴィエト体制末期に見られた強制的な形の暴力と欺瞞はこの時代のロシアでは見受けられない。そういう意味ではソヴィエト体制に比べると、まだ「まともな時代」だったのだ。主人公の大学入学が1863年と明示されているので、これは60年代のニヒリストの鳴れの果てのカリカチュアと捉えることも可能だ。過激な社会改造の夢を追いかけた世代も1890年代には変貌するロシアの現実と変わることのない身分格差に疲れ果て、もはや無意味な哲学的な詭弁を弄する人間となり、ちょっとしたボタンの掛け違いで、その立ち位置が倒立して、生のリアルな苦痛を味わうこととなるのだ。
「殺人」や「学生」は宗教的なモチーフが背後に潜んでおり、理解が困難だ。特に前者はロシア特有の分離派などの影が濃厚に漂っており、どうも登場人物の背景の違いがなかなか理解しにくい。後者に至っては、聖書からいくつもの引用が鍵となっており、お手上げ。
これらの作品にユーモアを感じることは不可能だ。どの作品も終わりは限りなく暗い。そういう意味では作者は次の時代の悲惨さをそこはかとなく感じていたのかもしれない。そして解決策とは決してなりえないが、続いていく生活の明日へのかすかな希望の光の影を与えてくれるのが宗教なのか。
さて、手元にはもう一冊(The Steppe,)残っているのだが、どうしようかな。

