英語教育幻想

 

「私はアメリカ人や日本人には会ったことはあるが、人間なるものに会ったことはない。」

 

結論自体は類書でも取り上げられているものと大した変らないものです。10の代表的な「幻想」が取り上げられており、それぞれが実証研究や著者の貴重な経験に基づく独特の視角から粉々に粉砕されていきます。ただ実証研究の結果自体は著者も細心の注意を払って扱っている通り、どれもかなり微妙(mixed results)なものです。またサンプリングの数が少なく、ましてや日本のケースをサンプルとしたものは少ないので、どこまでこの実証研究が日本での英語教育にあてはまるのかは微妙なところです。日本企業の駐在員を対象にしたケーススタディの部分もサンプルが少なく、結果としては著者のinterviewに依拠する部分が多く、どれもanecdotal evidenceや床屋政談の域を超えるものはありません。とはいえ、これらの幻想は限りなく「幻想」だという限定的な結論を出すことは可能です。


著者の基本的な立場は集団間にある権力関係を認識し、より公正・公平な社会の実現に寄与するといったものです。この立場はいうまでもなく「進歩幻想」に基づく、限りなく規範的なものであり、この角度から英語教育全般を見ていくと、すべての英語教育は既存の権力関係の反映という当たり前のことになります。この視角はいわゆるイデオロギー偽装の暴露であり、すでにgivenとされているものの背後に潜む仕組みや構造に光を当ててくれるという意味では興味深いものですが、この視角ではある意味すべての価値が相対化されてしまいます。そう誰もが誰をも批判できるのです。そして「教育論争」自体が戦争の別の手段での継続ということになってしまいます。ましてや本書に散見される国際関係(日米関係や近隣諸国との関係)や歴史の解釈に至っては、著者の基本的な議論自体が丁寧になされているため、あまりにも唐突で粗雑で、読むに堪えないものです。

 

以下の本もこれに関係したテーマを扱っているので読んでみようか。Tyranny of Metrics