田村俊子

 

おそらく俊子は新しい理解者を待っている。

 

実はこの版ではなく、瀬戸内氏の全集(瀬戸内寂聴全集〈2〉長篇(1))で読了しました。名のみ、そしてカナダへの「逃避行」と敗戦直前の北京での客死というドラマティックな事実のみが象徴的に伝えられていましたが、もはや作品自体は忘れられた作家の伝記です。その世界をまたにかけた軌跡のスケールの大きさに前から名前のみは知っていましたが、作品は未読でした。瀬戸内氏も北京で同じ時代(昭和20年)に北京に住んでおり、合うことはなくても名前だけは知っていたというわけです。一方でなぜ瀬戸内氏がこの人物に昭和30年代前半という時期に着目しその軌跡を追い始めたという部分についてはどうもわかりにくいのですが。ただ、まだ田村俊子を直接に知る人物が多数存命していたこの時代に、ある偶然からかそれとも必然からなのでしょうか、著者は田村俊子に関する多数の私信や書簡へのアクセスを得ることができ、これが本作品の肝となっています。


ただ作品としてはどうなのでしょう。やはり失敗作でしょう。全体の構成は必ずしもクロノロジカルなものではありません。田村俊子の生涯と瀬戸内氏の思いと追跡が交錯するようで、結局のところ俊子の生涯が全体としてはうまく整理されていません。また俊子の作家としてのピークでもあった大正初期については、作品の引用が多数散りばめられて展開されるのですが、いくら私小説的な色彩が濃いとはいえ、作品はあくまでも作者の想像の産物であり、結果としては作品と俊子の実生活そして瀬戸内氏の解釈が混然一体となって提示されており、読み手を混乱に陥れてしまうのです。


そして俊子の作品自体が、そこに潜むテーマの普遍性は別として、そのディテールは夫婦関係のごたごたを中心としたもので、もはや相当に「古く」、現代の読者がいききとした共感をもって没入していくことがもはや困難なのです。そういう意味では俊子自体が時代の矛盾(近代とそこに潜むのぞき趣味)の産物なのです。そしてこの矛盾自体の理解と整理についての瀬戸内氏自身の解釈は、いまだ生煮えで一面的なclicheともいうべき構図にのっかたものなのです。おそらくそこには彼女自身の強い思いがあるのでしょうが、この伝記の中ではうまく昇華されてはいないのです。この思いはその後は伝記ではなく創作という形で提示されてくる運命にあったのでしょう。本書の中で、俊子の姿が皮肉にも生き生きとして浮かび上がるのは、日本から従軍慰問に来る同世代の文化人たちと元旦に上海のホテルで明治の東京を追憶してお屠蘇をいただくシーンというのは皮肉なものです。


それ以上に惨めなのは俊子の夫となった人物たちでしょうか?いつの時代も才能ある女性を伴侶に持った男性たちの姿はあわれなもんですわ。ところで瀬戸内氏は本書にも登場する湯浅好子氏を扱った作品(孤高の人 (ちくま文庫))もあるのです。作家の好奇心は止まることのない業ですわ。本書に収められた俊子の年譜は参考になります。