Icarus Fallen

 

フランスの保守派の世界認識

 

この本は2005年に購入し、何度か読み始めたのですが、どうも文章のスタイルとテーマの抽象性になじめずに、ちょっと読んだけで何度も途中で放棄した作品です。最近、Strange Death of Europeという作品を読んでいて、この本が何度も言及されており、再び手に取った次第です。今回じっくりと読んでみると、50ページを過ぎるころから、やっと著者のスタイルに慣れ、後は一気に読了しました。原著はフランス語で書かれており、これは英訳で、著者の英訳への序文は2003年の日付がついています。

 

なかなかこったタイトルです。「墜ちたイカルス」。ギリシア神話に登場する人物の1人で、太陽に接近しすぎて翼の蝋が溶けて墜落して死を迎えたという話です。いうまでもなく著者は、現代の西欧の人間 (Western Man)をicarusになぞらえており、太陽はいうまでもなく、2つの全体主義、つまりマルクス主義とナチズムです。この二つの全体主義が到達した「ユートピア」のおぞましさの光に翼を焼かれ地上に墜落した人間の現代の存在状況と世界が描かれていきます。

 

いうまでもなく、18世紀以来の啓蒙主義の終着点がもたらしたディストピアを体験した後では、もはや大文字の世界観へ身をゆだねることは不可能なわけで、やっかいなことにこのプロセスの中で宗教も殺してしまったわけで、そこに残っているのは参照基準(reference point)が消滅した空虚な世界というわけです。善 (good)を求めながらも真理 (truth)から目をそむける現代人の生き様の空虚さが著者の簡潔ながらも流麗な文章で語られていきます。参照基準がないということはhierarchyを設定出来ないということであり、個人の抱く諸価値 (values)が併存する中で、秩序(order)は生み出されことはなく、政治は堕落してしまうというわけです。本書の魅力はこの構図を描き出す著者の筆力です。「The Clandestine ideology of our time」、「 The Rejection of Worldviews」などタイトル見ただけで刺激的な章が並んでいます。「Production and Care-giving」では労働についてのユニークな視角が提示されており、また「Sacralisation of rights」ではLGBTの論点にも触れられています。これは読んでもらうしかない。

 

ただ結語はいかにもわかりにくい。biological survivalへの没入と死の問題の忌避を永遠に続けるというわけにもいかないのが人間なのです。しかし大文字の世界観の危険性が露呈し、宗教はすでに殺されており、伝統はもはや風化してしまうということになると、残されたのは一種の綱渡りにも比すべき生き様ということになります。その心構えとよって立つ立ち位置が語られるのが終章なのですが、ここがどうも一番理解しにくい部分でした。

 

書かれたのはおそらく2000年前後というためでしょうか、internetの論点は取り上げられておりません。イスラムと移民問題については、その論点にはすでに気付いていたと、うかがわせる部分はありますが、議論としては深められてはいません。Bernard CrickのIn Defence of Politicsと併読するのもいいのかも。