駅前旅館

 

笑いに参加できない

 

映画化されたDVD喜劇駅前旅館は見たことはありますが、原作に触れたのは初めて。井伏鱒二の作品自体が高校の教科書で山椒魚を読んで以来です。本作品はユーモア小説とのことですが、映像でもそうでしたが、正直なところこの作品の笑いはもはや現代では追体験することが困難なのでは。

 

会話は大阪弁ではなく江戸っ子の訛りで進められます。その結果、笑い自体もドタバタではなく、ニヤッと笑わせるものなのです。また東京の玄関口上野の旅館が舞台となりますので、修学旅行生を含めた大勢の田舎者が登場しますが、その意匠は変わったにせよ、その本質は同じです。また旅行業や宿泊業が抱える「闇」は本質的に変わることはありませんが、かなりのプロセスが無機質なネットにとってかわられた現在ではその闇が露呈することはもはやありません。となると「闇」に人間がかかわることによって生み出されていた笑いも「闇」へのおぞましさへの感覚と共に失われてしまいました。ここに描かれたのは1956年時点ですでにnostalgiaと感じられた情景なのです。1956年といえば売春が非合法化される直前なのです。