経済的にみる限り、収奪どころか、最終的には持ち出し以外の何物でもなかった。

 

 

最近Inglorious Empire: What the British Did to India(https://www.amazon.co.jp/Inglorious-Empire-What-British-India/dp/1947534297/ref=sr_1_1?s=english-books&ie=UTF8&qid=1526552640&sr=1-1&keywords=inglorious+empire)という作品を読みましたが、そこでは徹底的に英国のインド植民地支配がトータルにこれでもかといほど多面的に弾劾されており、それとの比較でこの作品も読み進めました。朝鮮統治はトータルな朝鮮半島との関わりなのですが、いい意味でも悪い意味でも、この作品は焦点を経済と統計に基づく分析に限定しています。となると本書の結論自体にはそれほど驚くべきことはありません。


朝鮮自体が併合時には近代化の始動の前の段階だったため、ここにはmight have beenやcould have beenの議論が出てくる余地はありません。淡々と事実と数値が散文的に提示されるだけです。経済的にみる限り、朝鮮統治期には「悪化」が見られるわけがないのです。ただ若干の驚きもありました。それは、朝鮮統治それ自体はそれほどの経済的な負担を日本には与えていなかったということです。つまりマルクス主義の経済決定論では日本の朝鮮統治は説明できないということです。むしろ、本書では扱われていない政治的な動機がその主要な決定要因だったというわけです。


ただ恒常的な経済的負担は小さかったとはいえ、相当の設備投資が戦時体制下でもなされており、結果としては敗戦によりそれらすべての財産を日本は失い、結果として相当のインフラを朝鮮半島に残したということですから、日本から見れば経済的には完全なる持ち出し(贈与???)というわけです。日韓国交正常化で請求権の放棄でもめたわけですわ。


ただ本書で一点気になったのは、北朝鮮では戦前戦後で「全体主義イデオロギーの点で連続していた」という著者の主張です。著者によるこの主張は、もはや本書が狙いとする「統計と実証研究」の射程を無意識のうちに越えてしまっており、この命題自体は日本の革新官僚の経済政策とのアナロジーを戦後の北朝鮮に投影する興味深いものですが、より精緻な議論を必要とするものだと思われます。