中途半端か?
高校生の時に丸山真男の「日本の思想」を読んだ時に、その中身には実質的に言及することなく、田辺元や高山岩男の「世界史の哲学」へのpejorativeな言及がなされていたことに、非常に不思議な感想を持ったことがあります。その後、大学生の時に図書館で「近代の超越」や「世界史的立場」などの雑誌論文なども読んでみましたが、正直なところその論旨はよくわからなかった記憶があります。その後もsporadicながらも時々思い出したように追いかけてきたテーマではありますが、このようなタイトルの作品ならもう少し統一的な理解が得られるのではと思い、一読してみました。
ところが、プロローグの最初のところから現代政治についてかなり政治的な言及がなされており、若干の驚きがあったのですが、全体としては著者の問題関心が相当色濃く出ているにせよ、丁寧な通史といったところでしょうか。日本における哲学研究の発端、そしてそれを担った学者たちのプロフィールと彼らの間の密接な人間関係が詳しくたどられていきます。現代というvantage pointからとはいえ、京都学派の哲学者の著作の「丁寧」な読み込みによる彼らのメッセージが持つ現代的なインプリケーショーンの抽出もそれなりに理解することができました。
ただ残念なことに、本書では座談会や回想録の引用をのぞいて、彼らの哲学体系の詳細な議論がなされることはありません。おそらく新書版の読者には理解しにくいからでしょう。これがいい意味でも悪い意味でも本書の欠点なのでしょう。結果としてドイツ哲学とそしてpragmatismの影響を受けたといわれる、彼らの哲学体系はその限界を含めて依然として雲のかなたに存在するままなのです。そういう意味では、著者の前作である「弁証法とイロニー」を先に読んだ方がいいのかもしれません。本書でも繰り返し提示される「戦争協力者」という汚点の部分ですが、この部分は言い意味でも悪い意味でも、もはや歴史のfootnoteとしての意味しか持たないようです
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