「もう書くべきことは書きたり」ともいうべき作品

何気なく手に取った作品ですが、これはおもしろい。著者の料理人として育った経歴が本書ではあまり言及されていないのが残念です。料理人となった後の経歴(フランス大使館での和食担当のコックや様々な海外でのイベントへの参加)はまさに古今東西をまたにかけており、その経験と日本料理の本質への深い洞察が本書の叙述を支えています。味付けや素材、そして水などの観点から和食(上方と江戸)洋食(中心はフランスとなるが)中華、それぞれが見事に整理されており、料理を越えたこれほどの深い議論が明晰な文章で1980年代中期に語られていたとは驚きでした。特に日本の料理の普遍的ではない特質とそれゆえの素晴らしさがそれぞれの社会や風土と絡めて説得力を持って語られています。また中にはいろいろな写真がカラーで収められており楽しませてくれます。後書きは石原慎太郎によるものです。
 

とはいえ、時代は著者ほどの慧眼の持ち主の思いを越えてはるかに進んでしまったようです。普遍的でない日本料理がいまや世界中でそのまがい物も含めて料理界で確固たる地位を占め、また日本料理の普遍的たりえない特質が様々な海外の料理人に鋭い刺激を与えている現状について現在の著者は今どう思うのでしょうか?ひとこと聞きたいものです。著者がオーナーであった割烹『出井』は2006年に閉店しているようで、ネットを検索してもこれ程の影の著名人であった著者の現況についての情報はほぼ皆無のようです。またこれ以外に著者の作品は一冊しかないようです。