いや驚きました。
半分くらいの確率であるとは思っていましたが。とうとうやりましたか。いろいろな要因 (その中にはサッカーとは関係がないものもおそらく含まれてる)がサッカー日本代表監督の解任には関わってくるので、よくこのような英断がこのタイミングで日本サッカー協会が下せたものです。
ハリルホジッチ監督の理想とするサッカーはサッカーワールドカップ本大会で直面するであろう現実との深刻な機能不全をおこしており、このままいくと良くて一分け二敗、おそらく3敗というところでした。過去の本大会の成績を見ると、一分け二敗自体は必ずしも最悪の結果ではないのですが、このままつづけさせた場合の負け方は何も残らない負け方になることは確実でした。
1998年 岡田 3敗
2002年 トルシエ 2勝1分け
2006年 ジーコ 1分け2敗
2010年 岡田 2勝一敗
2014年 ザッケローニ 1分け2敗
過去の数字は残酷なものです。開催国特権があった2002年、そして天から幸運の女神が一試合中に「二度」も舞い降りてきた2010年を除くと日本は本大会では一度も勝ったことはありません。これが本大会の現実です。
なぜハリルのサッカーでは何も残らないのか?これはハリルだけではないのですが、海外の監督は個性(自分がベストと考えるサッカー哲学と選手選考の好み)が非常に強いのです。個性が強いというと耳あたりがいいのですが、逆に言うと柔軟性がないのです。自分が信じるサッカーへの固執が強いのです。そのような人間がぶつかり合い、運も含めた変転の中で生き残ってきたのが欧州の監督という人材なのです。そして強い単独チームの監督は自分のサッカー哲学やデザインに基づいて選手を世界中から集めることができるのです。「有能」といわれる監督は「弱い」チームの監督は引き受けないのです。逆説的な言い方をすると、有能だからチームを強くするのではなく、強いチームの監督をするから有能なのです。
したがって欧州では「有能」な監督は概して代表チームの監督は引き受けません。外国人を集めることはできませんし、時間がありません。日本は世界的な比較の中ではまだ時間がある方です。このような限界の中で、代表監督ができることは、チームの核を強豪の単独チームから集め、その周りに自分のサッカー哲学に基づき相手の力量を見極めてパーツを適宜配置するという形にならざるを得ません。このパーツの配置に監督の個性が反映されます。この配置がうまくいかないと、どんな強豪国でも大問題となります。うまくいかなかった際のリカバリーの機会が予選ではあまりないのです。オランダやイタリアなどの強豪国が本大会に今回出れないのもそこに起因するのです。
日本代表というか日本にはコアとなる強豪の単独チームがありません。Jリーグは前年の優勝チームが翌年二部落ちの危機に直面する(逆もまたしょっちゅう起きる)という現実が証明するようにどんぐりの背比べです。そして日本代表の哲学としては、あちこちに分散しているであろう「最良」の11人をもれなく選択してそれをどうやってチームとして機能させるのかがいつもポイントとされます。昔の中盤の黄金カルテットなどの考え方がその代表でしょう。今の代表でも相当多くの欧州のチームから選手(特に前線の選手)が何の脈絡もなくその時の調子(?)と監督の個性(長身のワントップへの執着)を反映して選ばれています。この「最良」の11人という選択にその国のサッカー観並びに哲学が強く反映されるのです。
ところが代表チームとしての現実となると、そこには相手がいます。そして相手は予選と本大会で大きく異なるのです。予選は相手が絶対的な弱者であり、本大会では日本が絶対的な弱者なのです。サッカーとはつまるところこの絶対的な差異が存在する中での一時的な相対性の確保のゲームですから、どうやって相対的な強みを見出し、生かし切るかがすべてなのです。
まず時間は相対的なものです。ゲームは一試合90分です。この絶対的な時間の存在は絶対的な強者にとって本質的に有利に働くものです。したがって弱者に出来ることは、この90分をできるだけ減らすことなのです。皮肉な言い方になりますが、サッカーをしている時間を絶対的に減らすことなのです。もっと逆説的な言い方をすると、サッカーの世界では、攻めている時間が一番の「リスク」ですから、攻める時間を減らすというのも選択としてはあり得るのです。いっぽうで「攻めない」という選択は戦略なしでは必然的に守りの比重を高めるわけでこれはこれでリスクにつながります。したがって「攻めでも、守りでもない (Neither offence nor defence)」中間色の時間をどうやって増やすか、これこそが日本の戦略の核となるのです。サッカーをしないということはそういうことなのです。ただただ時計の針が進んでいくという「つまらない」試合をするということです。アジアのチームは予選では日本との試合で露骨なまでの時間稼ぎをしますが、これは意味のあることなのです。
そして相手の強みの土俵でサッカーをしてはいけないのです。わかりやすく言うとフィジカルを主としたサッカーを相手に挑んではだめなのです。ここがハリルの一番の問題点なのです。duelという言葉が一人歩きしてTVメディアではduel比率なるものを計算するというバカな作業をしていましたが、サッカーはduelの比率を競うスポーツではないのです。90分間終わった時に、相手より一点多くとっているいればいいのです。本大会では、極端な話、全て0-0の引き分け狙いでいいのです。
このduelこそ日本が一番苦手なものなのです。この戦いを挑むということは相手の土俵に乗ってしまうことであり、日本の戦略の核は、「どうやったらduelに勝か?」ではなく、どうやったらduelをしないで済むサッカーをするかなのです。duelに秀でる選手を永遠にとっかえひっかえ探しているのがハリルのサッカーなのです。そんな選手は日本にはいないのです。欧州で一定の活躍している日本の選手はduelはほかの選手に任せて、一瞬のagilityで勝負をしているのです。もっともdueをするしないかは明確に分けられるものではなく、欧州でプレーする限り一定のduelは避けられるものではなく、このduelのexposureに長期にわたってさらされた日本選手は、少ない例外を除くとある一定程度の時間を経るとphysicalが持たなくなってしまうというのがいつものパターンなのです。
本大会での日本の戦い方は、
- 守備的な布陣
- 奇策の選択
- 大きな幸運
が核となります。98年で一度3ボランチ(守備的なMF)を模索した岡田監督は、2010年の大会で3ボランチ(2ボランチと1ワイパー)を直前に採用しました。3人の守備的なMFは必然的に攻めの比重の削減へとつながります。2010年の三戦の成績は、カメルーン1-0,オランダ 0-1, デンマーク3-1でした。勝敗はどれもギリギリのものでした。調子に乗れないカメルーン相手の辛勝、強豪のオランダ相手にうまく合わせた0-1の敗戦、奇跡としか言いようのないデンマーク戦。どれもギリギリのどちらに転んでもおかしくない試合でしたが、日本の絶対的な弱点を冷静に認識し、奇策ともいうべき守備的な布陣(3人の守備的MF), 数少ない相対的な強み(本田のワントップとフリーキックを含む)を準備し、低い確率の幸運に賭け、そして想定以上の結果を残しました。
後任監督が西野氏になるのか手倉森氏になるのかはまだ未発表ですが、特に前者の場合には個人的にいろいろな思いが(アトランタ五輪)交錯しますが、発表を待ちましょう。今大会はどのようにして数少ない相対的な強みを配置し、「calculated gamble」の成功の確率を少しでも上げていくのか、それこそが観戦の面白さです。
