年明けに最初に読み終えたのがこの作品、「収容所群島」の最終巻、第三巻。邦訳では5巻から6巻にあたる。ちなみに、この作品、全体では、トルストイの「戦争と平和」より長いらしい。邦訳では今や絶版。

 

30年前に、新潮文庫の邦訳で一度読み始めて、第一巻で放り出したこの作品、二年前に、再び読み始めた。途中で、著者の他の作品を読んだりしたり、さらには、昨年の始めには、中古で注文したこの第3巻が届かなかったなどのアクシデントもあり、結局、2年かかった。

 

実際に、ここまで読み続ける読者ってどのくらいいるのか?著者自身が、第三巻の巻頭の「英訳への序文」で、「第二巻までの暗黒さと苦難に負けずにここまで読み続けるだけの道徳的な力を見出した読者」と言及しているくらいだ。

 

この第三巻では、収容所の囚人たちの、この体制への異議申し立てが取り上げられる。脱走、収容所内の密告者の処分、収容所の囚人による占拠につながるハンガーストライキなどだ。そのほとんどは、最終的には失敗するよう運命づけられている。しかしながら、それをわかりながら、これらの自由への闘争は繰り返し続けられる。

 

著者が収容所から釈放され、カザフスタンの村に流刑されるのが、1953年3月、そうスターリンの死の時期と重なっているのだ。その後の1956年のスターリン批判を受けて、大量の囚人が釈放されることになる。収容所の状況は以前に比べると改善されることになるが、その流れは60年台半ばには失速することになる。共産主義体制とイデオロギーが転覆されたわけではない中、体制を支えた治安組織と法体制、さらにはそこに従事する多数の人物はそのままだ。

 

本書の「結語」で明らかにされているように、本作品は1958年から1967年にかけて執筆された作品。著者が流刑から解放された相当早い段階でその執筆が始められている。資料や個別の事例の収集は、著者が有名になった1962年以降に、拍車がかかったとはいえ、本書を貫くモチーフは、収容所時代にすでに完成されていたと思われる。

 

逆説的な意味で、収容所の過酷な体験は、芸術作品の触媒となる。過酷な収容所の体験は生の本質と人間の真の姿を残酷なまでに明らかにする。もっともこれを文学作品にまで昇華させるためには、収容所から物理的に抜け出ることが必要であり、この僥倖は少数者にのみしか許されない。これこそがロシア文学の不滅さと奇跡を支えているのかと言ったら言い過ぎか。

 

「収容所群島」に続く、ソルジェニーツィンの次の大作はロシア革命を扱った「Red Wheel」シリーズだ。ここにきて、立て続けに、英訳が出版されている。「1917年3月」の第3巻まではすでに読了。いよいよレーニンがペトログラードに戻る直前の1917年3月末が描かれる。