連日、何かしらの報道があるテレビ朝日女性記者へのセクハラ発言問題。と、それに限らない「#MeToo」関連。テレ朝の件は、当事者の財務省関係者が自分の非を認めず、そればかりか女性記者に落ち度を求めようとして、非常に見苦しい限り。反論すればするほど、自分で自分の株を下げているだけでしかないことに、気づくつもりはないようで。
性犯罪全般やいじめの問題で、往々にして被害者の側に落ち度を求める風潮が、最近特に強いと感じる。そのことに対しては違和感しかない。被害に遭うほうが悪いとか、被害者の方にも何か問題があったのでは?とか。私自身がかつていじめられっ子だっただけに、なおさら。加害者こそが咎められるべきなのに、何故?
もっと言えば、犯罪全般、相手の隙を突いて行うもの。故に、乱暴な言い方をすれば、性犯罪やいじめ以外の、例えば窃盗(ものを盗られる)や暴行にしたって、被害に遭うほうが悪いということになってくる。しかし、窃盗や暴行の被害者に対して「あなたのほうが悪い」とか「あなたにも非があったのでは?」などと言う人はあまりいないように思う。性犯罪やいじめの被害者ばかりが、殊更に非難されなければならないのは、どう考えてもおかしい。
被害者の側が悪いと主張する人は、もしもこの先、自分自身が何かしらの被害に遭ったとき、自分にも落ち度があったなとか真っ先に思うのだろうか。被害を訴えた結果、逆に自分のほうが悪いと言われたとき、ブチ切れない自信があるのだろうか。私の経験則と独断と偏見から見て、とてもそうは思えない。被害者に落ち度を求めるのは、私に言わせればバカ丸出し以外の何物でもない。