新渡戸稲造『武士道』を読んだわけでもないし、ましてや本物の侍に会ったことがあるわけでもない私でも、「侍」という単語から想像するものがあります。
侍は潔い。一度決めたら、何者にも惑わされずにわが道を行く。自分の意思と心中できる。自立している。
侍は人に、とりわけ弱者に優しい。虐げられた立場の人の力になり、虐げる人間を許さない。自分のことばかりを考えない。自分のことを考えても、他人への思いやりを忘れない。
侍は誠実である。人を裏切らない。故に自然と人が集まるが、決して人に媚を売らない偉ぶらない。自分の言動に責任を持つ。
他にもあった気がしますが、いざ書き始めてみると、思いのほか筆が進みません。確実に言えるのは、先に列挙したことは自分にないものばかりで、むしろ自分がこうありたいと願う、自分の理想像とも重なっているということです。
そもそも、何故唐突にこのようなことを書いたか。きっかけはモトカンシンさんのブログに投稿したコメントです。長男が通う保育園の園長の態度にものすごく腹を立てているという記事に対して、私が「政治家と教育者に侍はほとんどいない」とコメントしました。書いた後、じゃあ(現代社会でいうところの)侍とはどのような人を指すのか、と考えてみたのです。結果、(自分を含めて)こんな人間がいたらいいのに、という理想の人間像に行き着きました。現代社会において、希少価値が高そうな感じがしませんか?少なくとも、政治家に(私が考える)侍はいないでしょう。教育者には、ひょっとしたらこの人は(私が考える)侍かも、と思える人はいます。
皆様が考える「侍」とは、どのような人を言いますか?