きみの靴の中の砂

きみの靴の中の砂

このサイトは "Creative Writing" の個人的なワークショップです。テキストは過去に遡り、随時補筆・改訂を行うため、いずれも『未定稿』です。

(S/N 20260505 / Studio31, TOKYO)

 

 

 

 連休中の晴れた午後、庭の木陰に座り、イタリア製の同じデザインの軽登山靴を三足並べ、久し振りの手入れ。三十年程前に最初の一足を買って以来、その後買い足しつつビブラムソールも取っ替え引っ替え何度も貼り替えて今日に至る  ——  アスファルト・ジャングルのタウン履きなので踵の減り具合は山履きより早い。

 

 大人になってからの出来事のほとんどが、これら三足のうちのどれかを履いているときのもの  ——  記憶の向こうからランダムにやって来る思い出は、どれも短篇映画を観ているよう。

 

 ふと、口をついて出た歌  ——  僕にはとても信じられない、14時すぎのランチカフェ —— 誰の歌だったっけ...。
 
 

 

 

【Kiyonori Matsuo - Oh! Caroline】

 

 

(S/N 20260504-2 / Studio31, TOKYO)

 

 

 

 スイスに似た気候は元より、斑尾山・黒姫山辺りの山容に愛着を持つ人達が夏の野尻湖畔に避暑に集まる。

 町並みが開けているのは駅のある西側の湖畔で、YMCAや東洋英和女学院のコテージが並ぶ辺りまで行くと、堀辰雄があの独特な文体の短篇小説『晩夏』で描いた頃の空気がいまだに残る。

 

 

 ぼくが中高生だった頃の夏の思い出は、毎年参加していたYMCAの欧米式サマーキャンプに集約される。


 キャンプと言ってもサマースクールなので、キャビン  ——  二段ベッド八人部屋の木造バンガロー  ——  に寝泊まりすると共に厳格な時間割があり、宿題もあった。

 

 八月に入るとすぐに始まる男子中高生五十人ほどによる二週間の長期キャンプの後に、別募集の男女中高生四十人ほどの短期キャンプが一週間続く。ぼくら男子中高生の何人かは両方通じて参加するので、自宅のある都会で過ごすのは夏休みの半分もなかった。

 

 

 初めてきみを見たのはあの年の夏、二週間の長期キャンプが終わった日。普段は観光遊覧船である白い大型船が  ——  帰京する長期キャンプの参加者と入れ替わりに  ——  短期キャンプに参加する一団をキャンプ場前の浮桟橋に降ろした時のことだ。

 

 その中にきみがいた。

 

 

 

 

【Sina, Andrei Cerbu, Andreea Munteanu, Miruna Harter - Whole Lotta Love】

 

 

(S/N 20260504 / Studio31, TOKYO)

 

 

 

 

 歳を重ねて長いものを読む根気がなくなったと言うべきか、多くの小仕事のせいで読書時間を巧い塩梅でとれないと言うべきか...。

 昨今の読書傾向は、自分が好き好んで書くもの同様、一章が精々十五分程度で読めるものが都合がいい。勿論、それで完結してしまうような掌篇・小品でもいい。

 

 ということで暇を持て余した今夜、急に思い立って、久し振りに辻村伊助の『スウィス日記』を持ち出してきた  ——  日記とは言っても、実際はチャールズ・ラムのような英国伝統のエッセー風文体で書かれている  ——  その三十篇ほどの中の一篇『グリンデルワルト』繙讀。ここまで格調高い文体に接しなければ、ここで繙讀などという言葉を使おうとは思わなかったろう。

 

 辻村のプロファイでは、彼は園芸家・登山家となっていて文筆家とは認識されていないせいか、なかなかの読書家と思われる人でも、今は余程の好事家でない限り手を出さない本のようだ。而して、世間で話題にされにくい文筆家である。

 

 

 

 

 

【angels - How Deep Is Your Love】

 

 

(S/N 20260502-2 / Studio31, TOKYO)



 

 鮨屋のネタ皿に春子(かすご・・・真鯛または血鯛の幼魚)が並ぶ頃ともなると、ビルの谷間を吹き抜ける風は、芽吹きたての街路樹の小枝をもまた震わせていきます。

 

 ところで、ある年の今日この頃のこと。

 自称額縁づくり職人という甘く切ない花の香りのするその人は、古風で小さな自作の額を出会った記念にとひとつ贈ってくれました。それに飾るにふさわしい絵画など持ち合わせているはずもないぼくのために、その人は、自らアクリル絵具で描いた板絵一枚を添えて...。実物をだいぶデフォルメしたものなのか、はたまた絵描きとしては不器用なのか、拙い川魚の絵  ——  パアチとブラウン・トラウトが一尾ずつ...。

 

 そしてその後、残されたものは、額縁と長くは続くことのなかった恋の思い出がひとつ  ——  結局、拙いその魚の絵同様、その人は恋についてもまた、大層不器用ではあったのでしたが...。

 





【The Hollyridge Strings - Candy Girl】

 

 

(S/N 20260430 / Studio31, TOKYO)





 その日もいつもの珊瑚海を赤道に向かって四百キロ飛び、横に輪切りにした蜜柑の一房にも似た、鋭角が三十度の二等辺三角形の海面を、北村中尉操縦の三座水上偵察機が定時偵察飛行をしたときのことだ。


 搭乗する彼ら三人に何が起きたのか。

 

例えば...、
『突然、短くはあるが閃光がはしり、気付けば、海の青さが急に増したように感じたとでも言おうか。


 見下ろすと、地図にない珊瑚礁が点在しているのが見える。後部座席の航法員に位置を確認させても、風がないから方位がぶれるはずはないと首をかしげるばかり。

 やがて偵察員が伝声管で、四時方向下方五十メートルに国籍不明の複葉機が見えると伝えてきた。機を右にひねって目視確認すると、確かに今までそこを飛んでいるはずのない美しい赤い複葉機が飛行しているのが見えた。
 北村中尉は航法員に叫ぶ。
「機体識別!」
 識別表を繰って、航法員は直ちに報告を返す。
「ありました、米国並びに豪州軍が使用するステアマン初等練習機です。・・・・攻撃しますか」
「待て。おかしくないか。練習機だから機体が赤いのはともかく、国識別表示もなく、教官が乗っているはずなのに、こっちに気付いている様子もない。まるで、別の世界を飛んでいるようじゃないか? 無電も武装もない練習機だ。航続距離ではこっちが圧倒しているから、しばらく同行する。接近してくるようなら、撃て」』



 

 以上が私の全くの空想もしくは妄想だが、操縦技量判定甲の北村中尉が、その日、洋上で無電を一回も発せずに消息不明・未帰還になるとは、私ならずとも納得できる事態ではなかった。その後、同じ偵察隊員として数次の索敵に加わる中、私は考えた。もしかしたら私が想像しているようなことが本当に起こったのではないだろうかと...。


『夢でしか見ようのない何か美しいものにでも魅せられたかのように誘われ、北村機は、今もわたし達とは違う次元を飛行し続けているのかもしれない』。


 あれから半世紀以上たったにも関わらず、私は心のどこかで、まだそう信じているのだが...。



 

 1942年2月、ニューブリテン島ラバウル港に新たな水上機基地が完成すると、配備が順次開始された二式水上戦闘機隊とともに、旧式機故に艦隊から降ろされた私達九四式水上偵察機二個分隊六機も同時配備されたことは、海軍南方方面部隊移動記録に一行簡素に記されているのみで、北村中尉機未帰還の詳細については、ニューギニアでの作戦に関わる他のいかなる戦闘詳報、また戦記からは全くうかがい知ることはできない。

 






【Gordon Lightfoot - Did She Mention My Name】

 

 

(S/N 20260429 / Studio31, TOKYO)





 小学校に上がりたての頃は自分が大人になるなんて思わなかったし、中学生になることすら考えもしなかった。

 高校生になっても、いずれ成人するという認識もなく、増して三十や四十の誕生日など永遠に来ないものだと思っていた。

 でも、成人の日は暦どおりやってきたし、その後の誕生日も毎年計ったようにやってきた。


 

 いつだったかあるご隠居に伺った話では、六十から七十はアッと言う間で、八十の誕生日は七十の誕生日の翌日に来るということだった。

 






【Love Generation - Morning Of My Life】

 

 

(S/N 20260428-2 / Studio31, TOKYO)

 

 

 


 チャールズ・ブコウスキーの著作で、映画化もされた作品に"FACTOTUM"がある。研究社の新英和辞典(第7版)では『雑役係』をその訳語に当てている。

 

 映画の方は日本公開時、日本人の嗜好に合わせ、直訳ではなく『酔いどれ詩人になるまえに』となった  ——  しかし、原著の邦訳を『勝手に生きろ』としたため、この作品をメディアで扱う場合、原作が同一である旨説明が必要で多少厄介だ。

 

 さて、本題  ——  映画でも採用された原著の一節  ——  『言葉を扱う能力に自信をなくしたときは、他の作家の作品を読んで心配ないと思い直した(他の作家も思った程大した文章を書いていないのがわかって安心する、ということだ)』  ——  これはなかなかの金言で、Writer's Blockから抜け出す手段としては、知る限り、この右に出るような強烈なものはない。

 



 



【Phil Ochs - Changes】