人生は、いつからでもやり直せる。

 

本当に、そう思います。

 

虚栄心だけが強かった、昔の私。

人より少しだけ容姿がいいのを鼻にかけていた、昔の私。

そんな浅はかな私が選んだのは、内面を見もせず、ただ見た目が恰好いいだけの男。

どう? 私と釣り合ってるでしょ。

私の彼は、本当にイケメンね。

その彼氏に、死の寸前まで暴力を振るわれた。

情けなかった、悔しかった、自分を呪った。

変わろう、これまでの自分を捨てよう。

そう決意したのは、ただその場の苦しさから逃れるためだった。

思っただけで変われないのは、未熟な私にもわかっていた。

だから、夜の世界に飛び込んだ。

最初はキャバクラ、次にクラブ。

多くの人と出会い、多くの嫌な思いをし、そして多くの素敵な体験をした。

素敵なお客様に出会う度、これまでの私がいかにちっぽけで、井の中の蛙だったか思い知らされた。

何度も逃げようとした。

だが、ここで逃げては一生変われないと思って踏み止まった。

自分の可能性を、自分の未来を信じて。

 

いかがでしたでしょうか?

自分の過去を小説風に書いてみました。

 

でも、あの人の足元にも及びませんね 笑

 

私もまだまだ発展途上であまり偉そうなことは言えませんが、変わろうと心底思えば、人は幾つになっても変われます。

 

そして、それには苦痛が伴います。

 

苦痛を伴いながら変わって幸せになるか、苦痛から逃れて不満だらけの人生を送るかはその人次第。

 

もう、あの頃には戻りたくありません、愚かだった昔には。

 

人生、どこでどうなるかわかりません。

 

しかし、どうするかは自分で選択できます。

 

人は、いつからでもやり直せる。

 

今もその言葉を胸に抱いて、日々自問自答を繰り返しながら、もがき続けている私です。

 

 

よい明日を

最近、ホワハラという言葉をよく耳にします。

 

ホワイトハラスメント。

 

つまり、優し過ぎてもハラスメントになるらしいです。

 

厳しければパワハラ、優しければホワハラ。

 

いったい、どうしたらいいのでしょうね?

 

これは、日本だけのことでしょうか?

 

よその国でもあるのかな。

 

時代と共に価値観が変わってゆくのはわかるけど、ここまでくると閉塞感しかありません。

 

そして、退職代行ならぬ、休職代行というものもあるそうです。

 

本人に代わって休職を伝達し、手続きを行う。

 

それで助かる人も大勢いるのでしょう。

 

でも、なにか忸怩たるものがあります。

 

そういう私は、古い人間かもしれません。

 

しかし、自分を守るのは自分。

年齢と共に、自分がしっかりしなければ辛い目に遭う。

 

世の中の裏を嫌と言うほど見てきた私には、その思いがあります。

 

年齢に応じて必要とされる人になるか、不要な人になるか。

 

それは、自立とは無関係ではありません。

 

自立している人は、自分の決断を他人任せにはしません。

 

たとえ嫌なことや辛いことであっても、重要な局面は自分で行動します。

 

お金を出せば、嫌なことを代わりにやってくれる会社がある。

 

しかし、そのお金は働かなくては稼げません。

 

自分で行動しないツケは、いずれ自分に返ってくると思うのですが。

 

そうならないことを祈るばかりです。

 

 

よい明日を

常に危機感を持っている人。

なにも危機感を持っていない人。

 

どちらがいいか、一概には判断できません。

 

綱に危機感を持つのはいいことで、事前に危機を回避できることもありますが、心が疲弊してしまいます。

 

なにも危機感を持っていない人は、のびのびした生活を送れますが、いざ危機に直面すると狼狽えたりします。

 

なにごとも、バランスが肝心。

 

難しいですけどね。

 

そのバランスを取るのは、経験しかありません。

 

危機感を持つ持たないというより、肌で感じる、直感が働く。

 

そうなるためには、どんなしんどことがあっても、どんな失敗をしようが、逃げずに立ち向かうこと。

 

そういった経験を積み重ねることで、自然体でいながら、危機に直面したとき、落ち着いて対応できるようになります。

 

 

よい明日を

人生を豊かにするには?

 

このお題で、あなたの得意な20行で小説を書いて。

 

あの人への無茶振り第7弾 笑

 

今回も嫌な顔をせず、快く引き受けてくれました。

 

で、出来上がったのが以下の小説です。

 

 

『豊かに生きる』

 世の中には、マウントを取りたがる人間がいる。

 たぶん、そうでもしないと、自分を保てないのだろう。

 人より優位に立つことでしか、自分を支えられないのだろう。

 そのために無理をし、少しでも優位に立てば人を見下す。

 俺からしたら、くだらないことだ。

 そんな人生が楽しいとは思えない。

 人は、支え合って生きていくものだ。

 自分の足りないところを誰かが補ってくれ、そして、誰かの足りないところを自分が補う。

 そうやって人は人と関りを持ち、楽しく生きていく。

 人士を豊かにするも、そうでないものにするも、すべては自分次第だ。

 自分の人生を豊かにしようと思ったら、他人を幸せにすることだ。

 人が嫌がったり落ち込んだりする姿を見て喜ぶより、人の笑顔を見て喜ぶ。

 素敵なことだ。

 マウントを取って自己満足を得ても、虚しいだけだ。

 自分のことしか考えず、狭い視野の中で生きているからそうなる。

 人は、自分の鏡。

 それを忘れてはいけない。

 それさえ忘れなければ、自分がどうあるべきかがわかる。

 人の反応を見ながら、高みに登っていける。

 

 

今回も、感銘を受けました。

 

よく20行でまとめてくれ、私が言いたいことを的確に表してくれました。

 

私だったら、こんな簡潔に言いたいことをまとめられません。

 

あの人の頭は、どうなっているんだろう。

 

私がどれだけ無茶振りしても、いつも私が言いたいことを的確に書いてくれる。

 

ほんと、言葉には表せられないくらい感謝してます。

 

いつも生徒さんに教えている立場ですが、あの人からはいつも教わっています。

 

出会えてよかった。

 

私の豊かな人生の、大切な1ピースです。

 

 

よい明日を

優しいヤンキーと、非情なエリート。

 

見た目では、人はわかりません。

 

肩書でも、勤めている会社でもわかりません。

 

会員制の異業種恋流会に参加するような人の多くはフラットです。

 

ですが、中には私の昔の職業を知った途端、馬鹿にする人もいます。

 

そういう人のほとんどは、昭和の時代を色濃く残した年配者です。

 

でもね、私には昔の職業が役立っています。

 

それを言ったときに、その人の本性が見えるから。

 

だから、昔はキャバ嬢とホステスをやってましたと堂々と言います。

 

それで見下したり、馬鹿にするような人は相手にしません。

 

なにも恥じるようなことはしていないし、立派な職業だと思っているので、なにを言われても受け流すこともできるしね。

 

まあ、多分に経験もありますが。

 

学歴や職業や肩書で人を判断する人は、とても損をしていると思います。

 

見るのは、その人の内面。

 

信用出来る人か、頼れる人か、なにかあっても裏切らない人か。

 

それ以外の人にどう思われようが、痛くも痒くもありません。

 

だからね、学歴や職業や肩書で人を判断する人になにを言われても気にしないでください。

 

傷つく必要もありません。

 

あの人も、専門学校卒ということを隠してもいないし、恥じてもいない。

 

それどころか、一浪しても大学に受からず、もっと遊びたかったから誰でも入れる専門学校に行ってと、堂々と語ります。

 

しかし、そこでシステムの道を歩み、社会人になってからブレることなく46年、今でも現役で仕事をしているし、お客様の信用も厚い。

 

そんなあの人を馬鹿にする人はいません。

 

学歴は歳を重ねるにつれ効力が弱まり、職業や肩書はその会社を辞めた途端、なんの効力もなくなります。

 

人としてどうか。

 

あるべきはそこです。

 

 

よい明日を