恨みからは、なにも生まれません。

 

かつて私も、死の淵に追い込んだDV彼氏を恨んでいました。

 

男性不審に陥り、すべての男性を憎んでいた時期もありました。

 

しかし、退院して暫くして、ふと思ったのです。

 

これから私は、幸せな生活を送れるのだろうか。

彼氏を恨み続けて、幸せになれるのだろうか。

男性を信じられなくなって、まともに仕事ができるのだろうか。

 

そう思ったとき、そんな彼氏を選んだ自分が悪いと気付きました。

 

いえ、それは入院中から思っていたのですが、なかなか自分が悪いと受け入れられずにいて、すべてを彼氏のせいにしていただけだと気付いたのです。

 

それで、キャバクラに勤めることにしました。

 

お酒と女性、一番男性の本性が見える場で働こう。

 

男性への失望がマックスで、これ以上なにがあっても失望しないだろうとの思いがあったので、すんなりと決断できた。

 

キャバ譲時代と、ホステス時代。

 

醜い男性もいっぱいいました。

素晴らしい男性もいっぱいいました。

 

ひとつの事例で、すべてを一括りにしてはいけないと、心底学びました。

 

そして、あの人のように素敵な人とも知り合えた。

 

あのまま彼氏を恨み続け、男性不審に陥ったままだったら、今頃私はどうなっていたか。

 

それを考えると、ぞっとします。

 

恨みを忘れろとはいいません。

 

それをバネに、自分を伸ばしていけばいい。

 

どうしても返したい恨みがあるなら、それを返せるように、恨みのある相手を徹底的に痛めつけられるように、自分に力をつければいい。

 

恨んだままなにもしないでいることは、避けたほうがいいと思うのです。

 

私も、最初は彼氏に復讐したいと思っていましたが、今はそんなのはどうでもいい。

 

むしろ、感謝しているくらいです。

 

死の淵まで追いやられなかったら、あのままずるずると自分を犠牲にしていたでしょう。

 

それほど情けなく、弱い人間でした。

 

まあ、今ならそんな男性はわかりますし、たとえわからなくて付き合ったとしても、その兆候が見えた段階で即座にお別れです 笑

 

もしかしたら、最悪のケース直前まで我慢して徹底的に証拠を集め、社会的に葬ってやるかもしれません。

 

それくらい知識がつき、人脈ができました。

 

そうなるとね、関わるのが馬鹿らしくなります。

 

だから、恨みを抱かせるような人とは関わりませんし、その兆候が見えたら距離を置く。

 

ほんと、生きるって難しいですね。

 

 

よい明日を

今は、AIに相談する時代みたいです。

 

私はAIに相談したことがないから、どんな答えが返ってくるかわかりません。

 

まあ、AIどころか、人にも相談することはないけどね 笑

 

困ったことがあれば、いつも自分で解決してきました。

 

どちらがいいとか悪いとかではなく、性格の違いでしょうね。

 

そういえば、あの人も人に相談したことがないって言ってました。

 

いかなる重大な局面でも、すべて1人で決めてきたと。

 

「価値観も考え方も違うのに、訊いても一緒やろ」

 

私も同じ考えです。

 

生徒さんにもよく相談されますが、自分が思っていた方向の答えでないとき、「だって」や「でも」が多いです。

 

「だったら、初めから相談しないで」

 

そう返す私。

 

だから、AIに相談する人が増えているのかも。

 

人からの嫌な意見は聞きたくないけど、AIだったら素直に聞けるのかな?

 

ともかく、時代はどんどん変わっていきますね。

 

 

よい明日を

どうやったら、自分に自信を持てますか?

 

よく、生徒さんに訊かれます。

 

自分を卑下しないこと。

自分を否定しないこと。

他人と比較しないこと。

 

私は、そう答えます。

 

自分というものを客観的に見つめ、悪いところは素直に認める。

 

意地を張らず、自分の悪いところを修正する。

 

私も昔は、自分に自信がありませんでした。

 

だから、自分をよく見せようと頑張った。

 

今から思えば、くだらない。

 

自分に自信がなくて、よく見せようと背伸びをしても、却って自分を貶めるだけ。

 

それに気付いたとき、私は自分を見つめ直そうと思いました。

 

そうして紆余曲折を経て、自分に自信が持てるようになりました。

 

しかし、過剰にならないよう気を付けています。

 

まあ、あの人と接していたらその心配はありません。

 

優しいけれど、冷徹な心も持ったあの人。

 

私が自信過剰になって自惚れるようなら、あの人の私を見る眼差しは厳しくなるでしょう。

 

それが、一番怖い。

 

ホステス時代は、誰かに認められたいと思ったことはありません。

 

なにより、自分が自分を認めることだと思ってました。

 

そうしなければ、過酷な世界を生き抜いていけないから。

 

でも、今は違います。

 

あの頃の私は、肩肘を張って生きていたのだと思います。

 

本当の自信とは、いつも笑顔でいられること。

 

あの人から学びました。

 

そして、自信が自分を育てるということがわかりました。

 

自信過剰は、自分を潰す。

 

常に謙虚であれ。

 

それを忘れずに、これまで以上に自信を持てるように頑張りたいと思います。

 

 

よい明日を

『泰然自若』

 

私がホステス時代の、あの人の座右の銘です。

 

今は、『感謝』

 

生きてることへの感謝。

仕事があることの感謝。

寝るところがあって、ご飯を食べれることへの感謝。

生活を支えてくれている、あらゆる職業への感謝。

そして、人への感謝。と同時に、敬意。

 

ご飯を食べたり物を買ったりしてお金を払うときも、お釣りをもらうときも、いつも「ありがとう」という言葉を忘れません。

 

この間、時計を買ったら初期不良で即修理。

 

一週間ほど待たされたそうですが、受け取るときに「ありがとうございました」と言ってました。

 

ちょうどランチをしていて連絡が入り、私もそのお店についていったのです。

 

店主が申し訳ないと謝っていましたが、「車でも何でも、初期不良なんてあることですよ」と、笑いながら言ってました。

 

普通なら文句のひとつも言いたいところでしょうが、傍で見ていて本当に気持ちよかったです。

 

お人好しではなく、すべてにおいて感謝の気持ちがあるからでしょう。

 

こういうところが、人に好かれる要因なのです。

そして、運も引き寄せる。

 

謙虚な気持ちがあるから、感謝ができる。

感謝の気持ちがあるから、人にも運にも恵まれる。

 

あの人は、自分でも気付いていないかもしれませんが、私にもよく「ありがとう」と言ってくれます。

 

私が注意したときでも(最近はすることがなくなりましたが)、「ありがとう」と言ってました。

 

ほんと、懐が深い。

 

時計屋さんでのあの人の態度を見ていて、私も座右の銘を『感謝』にしました。

 

 

よい明日を

偏見は、自分の人生を狂わせます。

 

人種は言うに及ばず、学歴や職業や勤めている会社でしか、人の価値を測れない人。

 

すべてが偏見に基づいているからです。

 

家柄を自慢していても、人としてどうかと言う人はいます。

 

高学歴でも、人望を集めない人もいます。

 

AIが台頭してきている今、昔は蔑まれていたブルーカラーに人気が集まってきているみたいです。

 

アメリカでは、「ブルーカラー・ミリオネア」という言葉も生まれているそう。

 

日本の鳶職でも、年収1千万を越えている人がいるそうですね。

 

自分に合ってない価値観を認めたがらない。

 

それが偏見に繋がります。

 

偏見を持つ人は、自分に自信があり過ぎるか、視野が狭いか、自分の価値観に捉われ過ぎているか、権威に弱いか。

 

そんなところだと、私は思っています。

 

あらゆるフィルターを排除して、真にその人の本質を見る。

 

そうやってこそ、本当の人間関係が生まれるのではないでしょうか。

 

 

よい明日を