倫敦屋酒場の樽熟成ウイスキー | バーテンダーは心の名医

倫敦屋酒場の樽熟成ウイスキー

       倫敦屋酒場の樽熟成ウイスキー

 

 オーセンテックやショットバーのマスターは何人も知っている。バーも何十軒と

 知っている。しかしこれほどまでに厳格に酒をいつくしんでいるバーテンダー

 は戸田氏以外に知らない。いやバーテンダー一筋に61年間熟(こな)してきた

 バーテンダーも他に知らない。しかも洋酒が輸入解禁される前から輸入洋酒

 専門でやってきたのだから、その苦労の程が計り知れる。なにしろ為替レート

 もまだ自由化でない時代で、ただ、家の応接室に、これ見よがしに絵画の如く 

 飾って置く時代からである。それも個人の海外渡航が許された1964年に選ば

 れし人が海外に訪れ、持ち帰りが許されたアルコール飲料三本迄の時代のう

 やうやしく宝物のように家にあるだけでのステータスシンボルであった時代

 だ。

  要するに、このバーを育ててきた人物は日本の中でも相当な著名人や、経

 済人や政財界人であったことがしれる。なにしろ 1ドル対360円 1ポンド対10

 07本土の時代 、巷にあるバーは「好子」とか「マリー」 とかの女性がやって

 いる店か、国産洋酒のメーカーズバーが主流の時代に倫敦屋酒場を開業した 

 というのだから、それは飛び込み自殺的行為だったことも想像に絶さない。

  うまい酒を出す店という評判は今も脈々と受け継がれ、酒の管理においては

 抜きんでて厳格である。瓶詰めされてから三年以内に売りつくす姿勢を貫いて

 いる。お酒にも賞味期限があって、瓶の中に入ってから酒は熟成されることは

 なく、ガラスシックといって劣化する。戸田氏は頑なまでにもテンダーという姿

 勢を貫く職人である。酒の番人であり、酒を愛する人であり、良い状態の酒を

 提供する人である。

  その戸田氏が普及品の酒が市場に出回るようになった頃から、自分で樽熟

 成のウイスキーを出すようになった。エージング中のウイスキーを飲んで頂き

 たいと、そのあたりを尋ねると

 「熟成は微妙なる匂いを作りだし、小娘では匂い立たない色事の深みを充分

 知り尽くした男心を狂わせるテイスト(味わい)が、胸の奥までしがみついて一

 生記憶に残る、そんな陶酔をお客様に味わっていただきたく追求しているので

 す」

 と、二枚舌流で答えられた。

 「まあ、樽熟成と一言で言いましても、愛する男性の腕の中に抱かれたもので

 なくては、あのサディスティックなまでの狂おしい香りも、はち切れそうなボディ

 の味にはなりません。バーテンダーのテンダーの意味に真綿のような穏やか

 な心を持ちなさいという意味も含まれています。そこで愛される男になれるよう

 日々心掛けているのです」

 とありったけでない解答ダンディに返された。

 まあ、樽熟成ウイスキーもマスターの戸田氏も魅惑的な味がある。