デートの時てをつなぐにはどうしたらよいでしょうか
問
先生 夏休みも後そこそこです。
彼女とデートの時どうやったら手を握っことが出来るでしょうか。お教えください
(高1男子)
答
確かに今年の夏は暑い。青春はそれ以上に熱い。
僕は小学校の時に習った勉強を活かし いつだってすぐに手を握ることに成功
していた。
デートの時は 小1で習った学業を活かし
お手てつないで 野道を行けば
みんな可愛い 小鳥になって
唄をうたえば 靴が鳴る
晴れたみ空に 靴が鳴る
を歌いすぐに手を握った。
君もしっかり小1の基礎学習を活かしたまえ。
習った学問は活かさなければ 習った意味がない。
君、学問は役に立つものだぜ。しっかりやろう。
金沢は戦災に遭っていない。
バーテンダー道作法開祖 戸田宏明
日本のどこに行っても似たり寄ったりの、あきらかに古く見せかけているだけ
の内装で、オーナーバーテンダーのバーに対する魂も精神も希薄なものばか
りで、やれやれと後悔させられるのが 落ちである。
はたして倫敦屋酒場の戸田宏明氏はバーテンダーという職業(いきかた)
を、小粋な作業作法を手際よく見せる小舞台の演じ手として練り上げて、夜と
いう特異なるサービス業の中にあって、紳士道・ダンディズムを薫らす、バー
テンダー業を 道 として開花された。
バーの立ち位置をここまで高めて来た文化的貢献は、酒史に残る快挙で
ある。
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ワンショットの物語
問
師匠 バー用語のワンショット ショットバーのルーツをお教えください。
(脱サラ、俄かバーテンダー)
答
ショット(shot) とは 発射 とか 撃つ とか 弾丸という意味です。
ワンショット とは 一撃 という意味です。
イギリスでは、ワンショットというような、ウイスキーに敬意を払わないような言
葉はありません。アメリカ英語で禁酒法が施行された1930年代に、荒くれ者た
ちの飲み方、官憲の目をごまかして酒を飲むカクテルと共にイギリスに入って
来た。(倫敦屋酒場は1969年開業、マスターがバーテンダー創業1963年)
当時アメリカは酒を飲むことが禁止されていて、酒は密造酒であった。
スコッチ・ウイスキーのように味を良くするために長年貯蔵する酔いうことはせ
ず、ただ強い酒、酔いを求めた密造酒が世の中を席巻していた。
そういう酒だったから、カックン と放り込まないと飲めない代物であった。
そして、ワンショットで酔いを呼び込んだ。
サボイホテルが誕生して、サボイ・アメリカンバーが禁酒法時代に法の目を
潜る為に作られていた混成酒(カクテル)を貴婦人たちの食前酒として扱うよう
になると、ドレスコートのあった時代のフェスニュースとなって宣伝材料の一つ
となって広まっていった。
サボイカクテルブックの誕生は1933年のことである。
奇しくも、私がバーテンダー修行を開始した1969年の36年前のことである。
ところが、イギリスでは ウイスキーを飲める階級というのはとんでもない人たちで、野卑なワンショットという言葉はいけ入れられることはなかった。
ウイスキーは、王侯、貴族のワラント(御用達)であって、現在でもつかわれることはない。ですから、イギリスでは ショットバー という言葉もバーも存在しない。
では、何というのか。
あっ、友人との海に行く時間が参りました。
この後編は、また今度の機会か、倫敦屋酒場の方まで来てくれたまえ。
とりあえず、急ぎますので悪しからず。