で、次に中二階にあがってみたのですが、階段もイチイチすごい感じでした。

有名作品な「アレクサンダー大王の戦い」へ向かって一直線とおもったら、途中もイチイチまたまたすごいモザイク画の連続で、すごいーと思いつつも、今日は時間ないから、まずは、先行くか―と。


とてもモザイク画とは思えない細かさだなと、感激しながら前進してみました。これはサチュロス劇を準備する場面を表現したモザイク画で、ポンペイの悲劇詩人の家から発見されたものみたいです。
こちらは現在のギリシャのサモス島出身のDioskouridesさんがつくったモザイクで、紀元前3世紀のギリシャ芸術に影響をうけているらしいです。場面としては音楽隊(左の3人?)が右の人(魔法使い)に相談をしているシーンらしく、ポンペイの「キケロの邸宅」と呼ばれているところから見つかったようです。


そして、ここで、「アレクサンダー大王の戦い」とついに御対面しました!こちらは1831年の10月にポンペイの「ファウヌスの住居」から発見されたそうです。このモザイク画自体は、紀元前4世紀頃のギリシャの絵をモザイク画にしたものらしいです。損傷部分は紀元79年のヴェスヴィオ火山の噴火に先立つ、紀元62年頃の地震で損傷を受けたとかうけていないとからしいです。

アレキサンダー大王 アケメネス朝ペルシャの王ダリウス3世

近くには、「ファウヌスの住居」の名前のもとになった「踊るファウヌス」のブロンズ像とか、同じ場所から発見された「トラに跨る子供のデュオニソス」のモザイク画等々がありました。

その後更に奥の「秘密の小部屋」にいってみました。ガイドブックは英語のものも、地球の歩き方も、当日に現地にいって、ガイド付きのツアーに参加しないと入れないと書いてありましたが、とりあえず、自由にみれました。
「秘密の小部屋」がつくられた理由は、確か前にBBCのドキュメンタリー番組をみているときに、発掘が行われた17-18世紀当時は、「性」に関連するものを一般大衆に見せることは良くないので、専門家のみが見学できるようにするためにしたとかしないとか。また、当時の「性」の位置付けは現在とはちがっていたとかいないとか。
まあ、当ブログは、個人によってとらえ方が違うものはのせる気がしなかったので、象徴的なものだけにのせておきます。まあ、といっても、そもそも「レダと白鳥」とて・・。


その後、メザニン階の反対側のコイン展示は、Comcom2からComcom1へ、明日みればいいでしょう?という言葉をうのみにして、3階にあがりました。3階は、エルコラーノのVilla of the Papyriという、炭化したパピルスが見つかった遺跡からの展示がありました。この鹿の絵って、今の絵と何が違うだろ?と不思議に思うくらい、今風な感じで、ひるがえって、人間ってここ2千年でどこまで進化したのかしらという疑問ももったり。


同じ家から発見された彫刻群も、これってほぼ無傷?の状態で見つかっているのかなと思うと貴重なものみてるなーと思いました。



(Comcom2補足)
久々にComcom1にブログ更新してもらったら、Comcom2はなんだか悪者扱いですね・・・。でも、ポンペイにどうしても行きたかったのです。
久々にComcom1にブログ更新してもらったら、Comcom2はなんだか悪者扱いですね・・・。でも、ポンペイにどうしても行きたかったのです。