ローマ時代のみんなの憩い場だったであろう公衆浴場跡をでたVia delle Termeには、当時ランチ用に温かいご飯とか飲み物を提供していたThermopoliaが数件ならんでいました。

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オスティアでみた時も不思議だったんですが、なんでお店のカウンターは大理石張りなんでしょうか?

まあ、お洒落なんでしょうか?そして、一様後ろも回りこんでみてみました。

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このお隣には、猛犬注意のモザイク(本で見ていて前からみたかったんです)がある「悲劇詩人の家」でした。こちらは1828-29年の発掘されたそうで、内部は第四様式のフレスコ画で飾られているらしいですが、残念ながら、鍵がかかっていて中にははいれずでした。残念。柵越しに中のコリント式のアトリウムを眺めるのみでした。

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その次は、お隣のブロックにあるHouse of Pansaというイオニア式の柱が印象的な紀元前140-120年頃に建設されたらしい家に入りました。

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ここで右手におれて、Via Consolareにはいってみました。足元の石畳には、まさに車輪のわだちがのこっていました。

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その先には、現在一生懸命発掘・修復作業中なおうちがありました。そのうち一般公開されるですかねー。

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で、分岐路にある水汲み場を通過して、

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パン屋さんの跡地を見学をしてみました。やっぱりパン屋さんの窯の中もみてみましたが、やっぱり何もはいってなかったです。

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さらに先に進んで、ポンペイで今日までに発見されている35件あるパン屋さんで最大のパン屋さんの廃墟を見学してみました。

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この次は、紀元前3世紀に建築されたポンペイでもっとも古い建築物で、噴火当時はホテルに転用されていた建物をみてみました。内部はこちらも立入禁止でした。

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その後も周りをふむふむと眺めてながら移動してみて

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エルコラーノ門をとおって、一度市街地を抜けて、ネクロポリスを通過しました。

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