しばらくの間、原稿を書くスピードが極端に遅くなっていた時期がありました。書けないわけではない。
でも、書き上げたあとに、いつも少しだけ引っかかる感じが残るんです。内容は一通りそろっているし、流れもおかしくない。それなのに、二度目に読み返すと、自然と目が止まってしまう。
どこかに強く惹かれるわけでもなく、ただ、言葉につまずく。
「これ、本当に自分が普段使う言い方だっけ?」そんな違和感だけが、うっすら残る。
特に、継続して書き続けなければならない時期になると、この消耗ははっきり表に出てきます。
体が疲れるというより、気持ちのほうが先にすり減っていく感じ。出すかどうか迷い始めて、最終的には「この文章、出す意味あるのかな」とまで考えてしまう。以前は、そういう時は無理やり直していました。文を分解して、並べ替えて、言い換えて、一行ずつ磨いていく。
最後には確かに文章は整うのですが、何度も手を入れた分、書き終わる頃にはもうほとんど余力が残っていません。今思えば、あれは完全に書き疲れでした。
そんな流れの中で、Decopy AIを自分の執筆プロセスに入れるようになりました。最初から大きな期待があったわけではなく、「修正回数が少し減ればいいな」くらいの気持ちでした。
でも、初めて使ったときの印象は意外と強く残っています。文章が大きく書き換えられるわけではない。
むしろ、自分が何度も引っかかっていた部分だけを、そっと押してもらったような感覚でした。文は自然になったけれど、元のリズムは残っている。
誰かに全部書き直されたというより、「言葉を整えてもらった」に近い感じです。
一つひとつの変化はとても小さくて、単独で見れば違いが分からないかもしれません。
でも、それが文章全体に積み重なると、読む側の印象は確実に変わります。
説明を読んでいる、というより、人の話を聞いている感じになる。 書くという行為は、たぶんそんなものです。
毎回きれいに仕上げなくてもいい。ただ、書き疲れだけは、できるだけ溜め込まないようにしたい。
別の日には、以前見た動画の内容をまとめようとしていました。
動画自体は難しくないのに、情報量が多くて、メモだけがどんどん増えていく。
全部理解しているはずなのに、いざ文章にしようとすると、最初の一文が出てこない。
この感覚も、何度も経験してきました。
試しにその動画をDecopy AIに入れて、要約ツールを使ってみたんです。
出てきたのは完成した文章ではなく、整理されたいくつかのポイントでした。
その流れに沿って書き直してみたら、不思議なくらいスムーズに進んだ。
書き終えてから振り返って、「分からなかったわけじゃなくて、入り口が見えていなかっただけなんだ」と気づきました。
最近は、記事を出したあとの数字を、以前ほど気にしなくなりました。
自分で読んで、ちゃんと最後まで読める。
引っかからず、無理なく流れていく。
それだけで、ひとつの区切りとしては十分だと思えるようにな


