画面の中央に、水イーブイが立っている。その身体の質感は、現実の動物の皮膚にとても近く、ほんのりと湿り気を帯びた光沢がある。
もし最初からポケモンの世界の存在だと知らなければ、
これは実際にどこかに生きている生物なのではないか、と錯覚してしまいそうだ。
そんな水イーブイを見ているうちに、ふと一つの考えが浮かんだ。この細部まで作り込まれた、少し複雑な水イーブイの画像を、塗り絵用の線画にしたらどうなるのだろう。これまで塗り絵といえば、子どものもの、あるいは時間をつぶすための簡単な遊び、そんな印象を持っていた。
けれど、対象が
「本当に存在していそうな水イーブイ」になった瞬間、
その考えは不思議と現実味を帯びてきた。
これまで試してきたのは、比較的シンプルな線画ばかりだった。
だからこそ今回は、少し違うことをやってみたくなった。
そこで私は、この画像を iColoring AI にアップロードした。 生成を待っているあいだ、正直なところ少し迷いもあった。
これほど写実的な画像だと、 線が細かくなりすぎてしまうのではないか。 あるいは、
全体のまとまりが失われてしまうのではないか。
簡略化することで、一番惹かれていた雰囲気まで 消えてしまったらどうしよう、そんな不安もあった。
けれど、十数秒後に結果が表示されたとき、そうした心配は少しずつ消えていった。
生成された塗り絵は、元のイメージを壊すことなく仕上がっていた。
耳や尾、首元を囲む水のような輪も、丁寧に整理されていながら、決して誇張されていない。
写実的でありながら、線画としてとても心地いい。
その「本物に近すぎる」感覚があるからこそ、私はこの線画を、単なるイラストとして見ることができなかった。
それはどちらかというと、子どもの頃の記憶と、
今の自分の感覚のあいだに存在する、一つの仮想の存在のように思えた。
塗り絵をプリントして眺めているとき、私はほとんど「ポケモン」という言葉を意識していなかった。
そこにあったのは、理由を説明する必要のない、ただの「好き」という感覚だった。
その夜、手元にあった色鉛筆を何本か取り出し、直感のままに色を入れていった。青が少し濃くなってもいいし、緑に寄っても構わない。
水の輪を透明っぽくしても、明るい色にしてもいい。
 
大切なのは、判断しないこと。選択しようとしないこと。ただ、手を動かし続けることだった。
塗っている途中で、思っていた以上に時間が経っていることに気づいた。
そして、自分がこんなふうに静かに座って、何かに集中する時間を過ごすのは、
本当に久しぶりだということにも気づいた。
この体験を通して、私は少し考え方が変わった。
iColoring AI は、
単に作業を早くするための「効率ツール」ではない。
自分の好きなものを、
別のかたちで手元に残すための方法なのだと思う。
すべての「好き」を、
無理にコンテンツにする必要はない。
誰かに見せなくても、言葉にしなくてもいい。
ただ、自分自身が使って、楽しめたなら、
それだ