最近、動画を編集していると、気づけば深夜になってからパソコンを閉じることが多い。
 窓の外はもうほとんど音がなくて、デスクの上のコップの水はすっかり冷めていて、タイムラインだけが何度も前に進んでは戻される。そんな静かな時間の中で、ふと気づいたことがありました。とても小さなことだけど、ずっと見落としていたこと——私たちが撮った多くの瞬間は、「ダメ」だったわけじゃなくて、ただほんの少し足りなかっただけなんだなって。 ☕��
 たとえば、旅の動画。景色はちょうどよくて、光もやさしいのに、なぜかそのときの自分の表情だけがしっくりこない。あるいは、ずいぶん前に保存した古い動画。画質は少し荒いけれど、映っているのは、いちばん大切な人だったりする。そういう素材を見るたびに、タイムラインの上で少しだけ止まって、結局そのまま閉じてしまう。大事じゃないわけじゃない。ただ、「もう直しようがない気がして」しまうだけ。 (´・_・`)
 そんなとき、前に友だちの写真で、なんとなく試してみた顔交換を思い出しました。正直、軽い気持ちでした。今どき珍しくもないし、期待しても、まあそれなりかな、くらいで。でも、結果を見た瞬間、私はしばらく画面から目を離せませんでした。ほとんど違和感がなかったんです。 (・_・)
       お友達の写真にティモシー・シャラメさんの顔を
 そのあとで気づいたのは、顔交換が動画にも使えるということでした。ずっと消せずにいたけれど、結局どこにも出さなかった古い動画を選んで、もう一度、最初から見てみました。
当時は、表情が硬くて、視線の置き方も落ち着かない。「大変悪くはないけれど、出したいほどでもない」——そんな理由で、編集途中のままフォルダに残っていた映像です。
映像そのものは変わらないはずなのに、ほんの少し手を加えただけで、なぜか全体がすっと自然に見えた。すぐには保存せず、何度もタイムラインを行き来しながら、ただ眺めていました。その感覚が少し不思議で……ようやく、あの頃の時間と落ち着いて向き合えた気がしました。 ��️
 今回使ったのはSupawork AIの「Video Face Swap」という機能です。でも正直、その瞬間の私は、名前が何かよりも、ずっと保留にしていた素材たちに、もう一度向き合う理由ができたことのほうが大きかったと思います。動画を最後まで流して、また最初に戻して、何度か繰り返す。書き出すことも考えず、投稿するかどうかも考えず、ただタイムラインの上を静かに走らせる。その時間は「驚き」でも「興奮」でもなくて、久しぶりに感じた穏やかな気持ちでした。心の中で引っかかっていた小さな結び目が、ゆっくりほどけていくような感覚。
 そのあと、ハードディスクの中を少し整理してみると、似たような素材がまだたくさん残っていました。静かに眠っている、もう過ぎ去った時間の記録たち。前は無意識にスキップしていたけれど、今は少しだけ立ち止まって見てみようと思えます。 ( ˘ω˘ )
 こうして書いている間に、コップの水はすっかり冷めて、外は相変わらず静かなまま。タイムラインを閉じて、パソコンを畳んだとき、編集を始めた頃より心はずっと軽くなっていました。残しておきたい瞬間って、きっと最初からそこにあった。たとえ、自分のためだけだとしても。 ✨