伊集院静の小説を読み始めてゐる。
以前、色川武大との交流を描いた『いねむり先生』をDVDで見たことがあつた。それから時々雑誌のなかにエッセイを見つけては読むことがあつた。
少し格好良すぎる生き方が(それは故意に悪ぶる感じと言つた方がよいかもしれない)鼻につくやうな印象があつて、小説を手にするところまではいかなかつた。
が、どんな風の吹き回しかは分からないが、今回その処女作から読んでみようと思ひ立つた。「皐月」を含めた五本の短編は、どれも滋味深いものだつた。
この人の格好良さは、滅んでいく予感を秘めてゐるところから生まれてくるものである。
「『あの時が楽しかったなあーとか、あるでしょう』のヌイの言葉を思い出して、考えてみたがどうもこれじゃあないかというのが思い浮かばなかった。亀次には賞められたり、晴れがましいことが一生のうちになかった気がした。」(「チヌの月」)
「そうだな、危険なことは避けなくちゃあいけなかったんだ。子供にだってわかり切ったことが、自分にはわかっていなかったことを、男は雨のマウンドで言われたことに気づいた。野球につまずいてから、男はわざと危険な場所を選んで生きてきたように思った。」(「水澄」)
「待っていると、必ずさちえはとり残された。大連の町を出て、親戚の家へ姉と二人で行く時も、いいかい迎えに行くから、と両親は言った。船に乗ろうとする人達でごった返していたあの港町でも、姉はすぐに戻ってくるからと言った。さちえにやさしくしてくれた人は皆約束をして戻って来なかった。」(「はるのうららの」)
この哀愁は、この作家の生き方から滲み出て来るものなのだらう。師と慕ふ色川を失くし、最愛の妻夏目雅子を失ふ。それらはこの小説を書く前である。
予感がこころに影を落としてゐたが、それを言葉にすることを通じて生きてゐたのであらう。わづか30枚の小説を書くのに一年も二年もの時間を費やしてゐたのだと言ふ。さういふ生き方は今の時代には似つかはしくないのは当然であるが、その一方で読み続けられる意味があることもまた当然である。
