家に閉ぢこもつての読書もあまり得意ではない。本を読んでゐて思考が動き出すと、本を机の上に置いてしまふ。そして、思考が典拠を求めて本の頁を繰ることになる。この作業が結構億劫だが、自分の思ひ過ごしや独りよがりを点検するにはどうしても必要な作業だ。だから、私は本を読むのが遅い。

 そして三日目になり、今朝は散歩に出ることに決めた。明日は雨といふので、いまのうちに車を洗つて立体駐車場にしまつておかうと思ひ立ち、昼前に家を出た。一時間ほどでそれも済んだところで家内から電話があり、近くにゐるから昼食をいつものところでといふことになり、お気に入りの街中華に出向いた。ここの麻婆豆腐はまことに美味しい。花山椒といふのを初めて知つたのもこの麻婆豆腐である。大阪に帰る楽しみの一つである。今回も期待通りだつた。ただ、来るたびに値上がりしてゐるやうにも感じる。店内には二酸化炭素濃度を測る機械とアクリル板の仕切りが置かれてゐた。前回来たのは昨年末だつただらうか、その時にはなかつた。いろいろと出費がかさむのだらう。女将さんに話を訊くとやはり大変だとのことだつた。

 目の前には移転してきた大阪大学外国語大学があつた。目新しい建物には、人影がなかつた。大学は閉鎖中とのこと。賑はひが訪れるのはさていつになるだらう。

 今日は晴天の一日。暑いぐらゐだつた。青空の下、一路「為那都比古神社」へ。家内の知り合ひから教へてもらつた神社で、初めて訪れた。以前その知り合ひと一緒に出掛けた家内からは、とてもいいところだつたと聞かされてゐたが、ふうんといふ感じで聞き流してゐたが、今日はお腹もいつぱいになつたし腹ごなしのつもりで出かけてみる気になつた。我ながら勝手なものだ。

 当地は、今から1700年ほど前には「為那国」といふ部族国家であつたらしい。その為那一族の守護神として祀られたのがこの神社であると日本書紀に記されてゐるといふ。

 国道171号線の近くで、目の前には地元の中学校も隣にはサントリーの体育館もあり、これまでに車で近くを何度も通つてきたが、その存在を知らなかつた。境内は静かで周囲とは画然としてゐた。何より拝殿を仰ぐと背景には空しかない。視線を下げると、整然として清潔な境内は天上に真直ぐつながつてゐるやうな雰囲気である。どんよりとした思念は清浄されるたたずまひだつた。

 かういふ場所が近くあるといふのは、いかにも日本古代国家の黎明の地らしい。偶然ではあるが、かういふ地に住んでゐることを喜んだ。

「為那」とは、「いな」と読むが、大阪府と兵庫県の県境には「猪名川」が流れ、この神社の近くには「稲」といふ地名もある。この辺り一帯をこの一族は支配してゐたのだらうが、その名残がかうして神社に残されてゐる。1000年単位の歴史を感じることは日常ではあり得ないが、今日はそのことをわづかに感じることができた。