ロダンの、考える人、の銅像を買ったと時



厳重な包装で送られてきた、



あれほど欲しくて無理して買ったのに



なかなか開梱出来ない、もったいないのか



惜しいのか、分不相応な気もしていたのか、



当時雇われ社長だったので思うように



ならない部分があり、将来本当に自分の



会社を設立して社長室が出来たときに



開梱しようと決めた、それから6年後



会社設立、さらに8年後にやっとこさ



社長室らしき部屋が持てた2010年秋



ときめく胸を抑えるようにして開梱した、



開けてびっくり銅像が青錆びでグリーン



になっているではないか、可愛そうだった、



しかし嬉しくて涙が出た、それ以後毎日



なでるように乾布で拭いて今は大分



黒っぽくなっているが、まだまだだ、



薬品を使おうかとも思ったが怖くて



それも出来ない、自分の命ある限り



撫で続けよう、暗闇で16年も応援してくれた



考える人、なのだから。

1950年(昭和25年)小学校5年生の時中学3年生



までの5学年合同旅行で群馬県安中から上野



に一列車借りきりで見学旅行した、動物園



には現代のように多種類が居なくても



楽しかった、強烈な印象を受けたのが



西洋博物館のロダンの考える人の像だった



いかにも思考している人間、頭の毛から、目、



あごを支える手、全身の筋肉、などがまるで



生きているようで、しばらく凝視していた。



成人してからも何回も見るたびに同じ感動



を受けて居た、54歳で初めて社長になった時



ある商社から、考える人、のミニチュアが出たので



買わないかといわれて少し無理をして買った。



今では毎日自分の席の後ろでデント構えている。



何かにつけての相談相手である、座右の友かな。



30年もサッカー少年と付き合っていると



子供との会話や付き合いにすっかり



溶け込むことがすんなり出来る。



子供も会話に大人が入るとなんとなく



堅くなったりするが、なれるとそれも無くなる、



意外と面白い話題やら大人を見る意識が



見えて感心することが多いものである、



大人が子供の中に入ることを意外と



しないのは子供の目線に合わせ無いからだ、



今日観光バスの多く通る浜松町で3年生程の



子供が歩道の大人に窓から手をふっていたが



誰も応答しないでそそくさと歩いてる、



自分が大きく手を振ってニコニコしてあげたら



窓側の子供全員が大喜びでワーとした、



一人の大人の何気ない仕草が大ぜいの



子供を楽しませたようで、満足であった。