TLM社長ブログ「人間なくして事業は有り得ず、進歩発展は人が編み出すもの。」 -32ページ目
今回パラオ行きの主目的である
義父の戦死地ペリリュー島を最初に訪問した、
ホテルのあるパラオ中心地から
40キロ離れた細長い島だ。
モーターボートで1時間半の行程だが、
途中海の色が七変化で飽きなかった、
しかしフルスピードで揺れるので
捕まるのに精いっぱいで疲れた、
島に着いたら現地のドライバーが待っていてくれた。
イサオさんという方で現地人とのハーフだ。
日本軍の戦車の残骸、零戦や大砲の残骸、が
そのまま赤錆びて残っている、
いたるところに塹壕が張り巡らされて、
蟻の巣そのまで、戦闘のひどさが
目に見えるようだ、
戦死者の墓地はきれいに整備され
今では公園の様、
別に慰霊碑があり義父の属していた
第45警備隊ペリリュー派遣隊の
文字が刻まれていた。
家内は合掌の手がしばらく離れなかった、
その後ホッとした様子でもあった、
気持ちは察せた。
慰めはこんなにきれいな海に囲まれた美しい
ところで永眠された事だけである。
現地の住民は一人も戦禍に逢わなかった由、
現在日本びいきの大きな理由でもあるようだ、
我々のように戦死者の子が70歳前後である
何時まで慰霊の行動がとられるであろうか。
義父の慰霊でパラオに一週間行ってきた。
パラオ空港に着いたのが夜の9時半頃で
周りはみえずホテルの部屋に入った、
自然で満ちている国だから夜は真っ暗だ、
朝目覚めてコテイ―ジの部屋の木製の
ブラインドを開けてびっくり、
目の前はグリーンの芝生とばらの庭園、
10メートルは真っ白な砂浜
その間はヤシの木と南洋松の木が涼しそうに
揺れている、
温度はあさ6時で25度だ。
浅瀬は薄いグリーンの透き通った海水で先は
エメラルドの海水に静かな小さな波が動いている。
その海の中の遠方にヤシの木が一本立っている
小さな島がぽつんと見える絶景である。
目を疑うような透明な空気、真っ青な空、
洗われたようなグリーの木々、エメラルドの海、
真っ白な砂浜、真っ赤な南洋桜や薔薇の花、
夢のような世界に飛び込んでしばらくうっとりの朝。
家内と二人で声も出ない、
なんと素晴らしいパラオ。
突如楽園に来た浦島太郎になってしまった。
18日11時に成田を発ち23日帰国する
一週間の海外生活は初めてだが
気になるのは現地の気温が28度前後なので
今日の温度6度とは12度も違う点だけ。
夏に弱くは無いが急変に体の器官が対応
出来るかどうかだ、
日程はゆっくりなので
休み休みのんびりの行程にしてある。
66年たって判明した義父の戦死場所
ペリリュー島で冥福を祈り義母や義弟の
分も天国の父と話をしてきたい、
家内は泣き崩れるのではないかと心配だ。
69年間父という存在を知らずに生きてきて
今ようやく逢えるような気持ちであろう。
母子家庭で苦しい生活をして育ち、
今パラオ諸島ペリリュー島で会話が
出来るのは喜びか悲しみか。

