今回パラオ行きの主目的である
義父の戦死地ペリリュー島を最初に訪問した、
ホテルのあるパラオ中心地から
40キロ離れた細長い島だ。
モーターボートで1時間半の行程だが、
途中海の色が七変化で飽きなかった、
しかしフルスピードで揺れるので
捕まるのに精いっぱいで疲れた、
島に着いたら現地のドライバーが待っていてくれた。
イサオさんという方で現地人とのハーフだ。
日本軍の戦車の残骸、零戦や大砲の残骸、が
そのまま赤錆びて残っている、
いたるところに塹壕が張り巡らされて、
蟻の巣そのまで、戦闘のひどさが
目に見えるようだ、
戦死者の墓地はきれいに整備され
今では公園の様、
別に慰霊碑があり義父の属していた
第45警備隊ペリリュー派遣隊の
文字が刻まれていた。
家内は合掌の手がしばらく離れなかった、
その後ホッとした様子でもあった、
気持ちは察せた。
慰めはこんなにきれいな海に囲まれた美しい
ところで永眠された事だけである。
現地の住民は一人も戦禍に逢わなかった由、
現在日本びいきの大きな理由でもあるようだ、
我々のように戦死者の子が70歳前後である
何時まで慰霊の行動がとられるであろうか。