最近高気圧と北風のせいで
松戸で見える星の数が多い。
といっても真上の狭い範囲と
光の強い星だけですが、
12月に柏崎に行った時
日本海からの強風のなか一時の
晴天が有り夜空を見上げて驚いた。
明るい星が空一面に敷き詰めたように
キラキラ光り、手が届きそうな感じであった。
子供の頃群馬で見た星空を思い出して感激して
寒さも忘れてしばらく見とれてしまった。
この狭い日本でこうも空気の違いがあるのか、
とつくずく考えさせられた。
都会に住む人に見せたい
もったいないような星空であった。
最近高気圧と北風のせいで
松戸で見える星の数が多い。
といっても真上の狭い範囲と
光の強い星だけですが、
12月に柏崎に行った時
日本海からの強風のなか一時の
晴天が有り夜空を見上げて驚いた。
明るい星が空一面に敷き詰めたように
キラキラ光り、手が届きそうな感じであった。
子供の頃群馬で見た星空を思い出して感激して
寒さも忘れてしばらく見とれてしまった。
この狭い日本でこうも空気の違いがあるのか、
とつくずく考えさせられた。
都会に住む人に見せたい
もったいないような星空であった。
昭和35年(1960年)小生20歳、
実家の商売が戦後の軌道に乗り
個人から法人にした。
その法人登記の書類作成、銀行調整など
学業の傍ら自分が整えて登記のみ司法書士に依頼した。
実家に余裕がなく、自分も学費調達のために必死であった。
中大の先輩や多くの人に教わりながら夢中のうちに完成した。
次は会社経理の帳簿であるが
これまた経理士を頼めず自己開発で
会計の本と首ったけで始めた、
貸し方、借り方から始め貸借対照表、損益計算書、
総勘定元帳、とクリアーした。
小企業なので桁の大きな数字ではないが実践すると
一円二円の数字があわなくなってくる、
原因の箇所を見つけるのに一晩かかった。
計算はすべて算盤で帳簿はペン書きである。
今考えると根気よく、良くやったと思う。
お陰で現在でも会計原理は理解しているつもり、
電卓が世に出るのは昭和45年ころで、
今ではパソコンでなにも計算せず勘定奉行ソフトで入力のみ、
なんとマジックのような気がする。
現代人はそれを難なくこなすが、
それで原理を理解できるのでしょうか、
これまた不思議な気がする。
脳の中身が違うのでしょうね?
あと2か月で70歳、20年度の自分の医療費を
集計してみたら30万円であった。
年々増加するのは仕方ないがまだ急増するのであろう。
これでも薬はジェネリックにしたり、
余った薬は捨てることなく医師に伝えて
日数を整えてもらったりして節減しているつもりである。
おかげで日常生活には健康上不自由なく過ごしている。
問題はこれからで、
いかに体を維持するかじっくり考えねば、
そして実行?
周りの人に迷惑をかけないように気をつけなければ。