それは言わないし、言えないからだ。


皆でしあわせになれる方法、ただ私はわがままだ。

たとえたった独りだとしても、それが可哀想だと嘆きたくないし、誰もそれを望まない。


出口は最初からあった。

ただ道と繋がっていないだけで。





変わってしまったのか、変われなかったのか。
晴れ晴れとした生き方に憧れているのに拒絶した。


もうそこには意味もなかった。

ただ愛や繕い、やさしさに飢えながら生きる事を拒んでも結局は誰かの影を踏んでいる日々を終わらせたかった。


こんな私でも、






もしくは普通についてぐだぐだ。


普通が一番とか普通で良いとか言うけど結局普通が一番難しいし普通の定義が解らないから普通って何?って思ふ。

厨二臭い。


誰かが決めた「普通」は結局また誰かが決めた「普通」に肯定されたり否定されたりしてまぁ「何が正しいか」とか道徳的なもの掲げて他人の生き方と自分の生き方を比較してその生き方が「幸せ」か「不幸」かを判断してってあーもう。


あるがままを「普通」と言うなら誰も死なない。

普通=幸せはなんか違うんじゃないかね、と。

普通は普通でしょ、幸せでも不幸でもないでしょ。


「私、普通の生活がしたいの」って言ったらその人にとって「普通」は幸せ。

他人から見てその人の生活が「幸せ」なものだとしてもその人にとっては「不幸」だ。


ほら普通ってなんだよ。なんだったらいいの?

幸せは特別なんでしょ。

だから普通なんかじゃないよね。


ごめんね、普通じゃなくて。








瞬きすら 惜しむべきは
きみがそっと噛む白いシーツの艶かしさ
その皴に絡めたほっそりと痩せた脚の線
ほんの少しの光でも反射してしまう滑らかな肌
眠たげにさ迷う溜め息の一つ

全てをこの眼に焼き付けたい
しかし焼き付く程の熱を持たないきみの肌は
陰鬱な空気の中でしか呼吸をしない

甘ったるい バターを溶かしたようなアルコールを飲み込んで

きみが
吸い込む光の粒子の冷たさに溺れるのを待っている


.

全部夢だったら良かったよね。


フラッシュバックは幻じゃない。記憶だから現実だ。


二度目の喪失なんて有り触れて安っぽいけれどね。



全部夢だったら良かった。

今なら泣きながら優しくなれる。