「小学生の背の順での整列」に異議を訴えた教員がいるそうです。
異議を唱えたのは、公立小学校教員の松尾英明氏。
松尾氏の著書(不親切教師のススメ(さくら社刊)松尾英明著)によれば、
(注:筆者が一部補足)
・背の低い順に並ばせるのは差別である
・子どもたち同士の中でも背の高い、低いというのは気にするようになる
・背の高さにコンプレックスを抱くことは、傷つく人がいるということ
・背の順整列は、いじめのひとつと考えてもいいんじゃないか
・名簿順であれば序列意識がなくなる
・からだの成長によって起きる“順序の変動”といった混乱も避けることができる
・全体の数%の子たちがすごく嫌な思いをしている
・背の順整列が嫌な人が少数派であったとしても、目を向けること自体が大事
と主張しているそうです。
ABEMA TIMES(2022年10月1日付)によれば、“背の順”整列について、
・並ぶことが嫌と思ったことある児童は、ほとんどいなかった
・小学生のこどもを持つ親は、「考えたこともなかった、現代ならではだな」と思う
といった意見を紹介していました。
もちろん、人によっては、「背の順はイヤ」、「前に並ぶのは目立ったりする」、「整列はバラバラでもいいと思う」といった意見もあったようですが、概ね「背の順整列で問題はない」と考える人が多いようです。
私は、「背の順整列により背の高さを意識し、コンプレックスを感じる人もいる」という点は、そのように感じる人もいるという認識を持つことが大事だと思います。
自分の小学生時代を振り返れば、小学校高学年は、多感な時期で、女子なら胸が膨らみ始め、男子なら、脇毛が生え、身長が1年間で20センチ以上、伸びる同級生もいました。
確かに、このような体の成長は「早い、遅い」があり、背の順整列による「並び順序の変動」のたびに、他者との違いを気にする児童もいるでしょう。
また、「背の順整列が絶対である」という「常識」を疑ってみる視点は重要だと思います。
しかし、「小学校での日常生活は教育」という観点で考えると、
・朝礼などで背の順で整列するのは、先生の話を聞く上で合理的な整列法である
・背の低い、高いでそれぞれのメリットがあることを教えるのも教育である
と考えるべきではないかと思います。
かつて、「運動が苦手な子の保護者からの要望」で、運動会の徒競走で「手つなぎゴール」をして順位を付けなかったというニュースがありましたが、「背の順整列」を「イジメだ」と言い出したら、なんでもかんでも「イジメ」になって学校運営は、事実上、成り立たなくなってしまうでしょう。
徒競走で言えば、「勝つこと」、「負けること」、「一生懸命頑張ったこと」を経験することで、「努力は報われる」、「負けて悔しい」、「努力しても才能にはかなわない」・・・といった感情が芽生え、子供の成長につながるのだと思います。
背の順整列も、例えば、身長の高い子なら、「僕は背が高いから、背の低い仲間がいたら、前に並んでもらって先生の話や指示がみんなに伝わるように並ぶのは当然」と多様性に配慮した感覚を学ぶのです。
こういう感覚を学べば、電車で、お年寄りや障がい者の方を見れば、席を自然と譲るような子になるのです。
要は、「背の高さの違い」は、「事実」であり、「差別」ではなく、こうした「差」(多様性)を「努力で補えるもの」、「まわりが配慮するべきもの」などと学ぶのだと思います。
今回の「小学校教員の松尾先生の主張」は、前述したように「劣等感を感じる人もいる」、「整列は背の順が常識という考えに疑問を持つ」という視点は大事だと思います。
しかし、それよりも、多様性を認識し、自分がどのように考え、配慮した行動を取るべきかを「背の順整列」を通じて「教育」することの方が大事なことではないかと思います。
(※ 自分を変える“気づき”ロジカル・シンキングのススメ メルマガ826号より)
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