若い頃を振り返れば、当たり前かもしれませんが、「自分の可能性は無限」と思っている人が殆どでしょう。
基本的に、学校の先生は、「努力すれば必ず報われる」的な指導をしていますから、子供心として当然です。
私自身も、例外なく、小学校の頃は、
・東大に入る
・考古学者になる
・高校野球で甲子園に出場する
・・・
といったことを文集に漠然と「将来の夢」として恥ずかしくもなく平気で書いていたようです(笑)
東大や甲子園は、小学校5~6年で、明らかに「頭がいい奴」や「運動神経がいい奴」がいることに気づき「無理だな」と自覚し始め、考古学者については、旧帝大クラスの史学科を卒業しないと国立の考古学研究機関に就職できないことを中学2~3年の時に図書館で読んだ「考古学者になるには」(現在は絶版)を読んで、現実を知りました。
当時(中学生頃)から、こうした「頑張っても実現が難しいことの方が多い」と悟った考えは「他人に話すこと」はしませんでした。
というのも、当時、このような考えを大人たちにすると「夢を諦めるのが早すぎる」、「まだ若いんだから努力すれば変わる」・・・と怒られるのは目に見えていたからです。
高校入学以降は、自分の潜在能力的に、「リスクが少なく、輝ける、あるいは、人並みに食っていける領域は何だ」ということばかり考えました。
例えば、
・医者や弁護士になるのは逆立ちしても無理
・大卒の学歴は欲しい
・理系(技術者)に進んだ方がくいっぱぐれがなさそう
・スポーツをするなら入賞レベルに届くような超マイナースポーツ
・将来の仕事はニッチな専門分野
・・・
といったことです。
大学卒業間近になると、バブル期ということもあり、身分不相応な大企業からのオファーが殺到しました。
しかし、入社してもヒエラルキーの最下層に属することは目に見えていたので、中央省庁の外郭団体ばかりを就職先のターゲットにしました。
少し話はそれますが、若い頃は「これ、俺しか考えてないんじゃない?」という「オリジナリティのある発想」は、インターネットが普及するようになって、「私が考えるようなことは、すでに誰かが同じ発想をしている」ということに改めて実感させられました。
例えば、ビジネスのアイディア、業務改善のアイディア、日常のふとしたアイディア、ニュースを見ていて気づくアイディア・・・・大抵のことが、ネットで丹念に調べると、すでに誰かが似たようなことを考え付いています。
情報がガラパゴス化していた時代なら、「すごいね、その発想!」と周囲の人たちに褒められるかもしれませんが。
要は「オリジナリティを発揮すること」もある程度、努力で身につくというよりも、才能に負う部分が大きいと思います。
したがって、凡人が頑張れるとしたら、
・ある発想をニッチな分野で応用し活かすこと
・先人たちの優れた学びを知らない人に広めること
・熱意をもって積極的に行動すること
といったことではないでしょうか。
これまでの自らの半生を振り返ると、学問も仕事も「万人が目指す超王道」を敢えて避けたことで、なんとかなってきたのかもしれません。
「ギャンブルには一発逆転があるが才能の一発逆転はない」
「凡人は凡人なりの方法で勝つ」
この考えで、残りの半生を過ごしたいと思います。
(※ 自分を変える“気づき”ロジカル・シンキングのススメ メルマガ705号より)
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