辞書によると「連帯責任」とは「複数の者が連帯で負担する責任」と定義されている。
例えば、スポーツの世界。
2018年は「日大アメフト部」の「悪質タックル問題」がありました。
この際にどうなったのかを振り返ると、「2018年シーズンのリーグ戦への不参加」という処罰になりました。
また、枚挙にいとまがありませんが、高校野球では所属部員が窃盗事件を起こしたり、部室で複数の選手の喫煙が発覚する・・・といった問題があると「直近の大会への不参加」という処分が高野連から発表されます。
これらは、まさに「連帯責任」の事例でしょう。
「何をもって組織ぐるみ」と定義するかは別にして、「組織ぐるみの問題」は、組織全体の責任であり、組織全体で処罰を受けるのは当然です。
しかし、日本においては「個人の不祥事でも団体全体が責任を取る」ことが、半ば常識化しています。
なぜ、そうせざるを得ないのかは、
・その団体に苦情が多数寄せられる
・報道されることで組織全体のイメージが損なわれるのを懸念して活動を自粛する
といった理由でしょう。
また、「日本の管理方式」もその理由かもしれません。
昔の事例なのでピンと来ない方も多いかもしれませんが、プロ野球の世界で、かつて「常勝軍団」といわれた時代の西武ライオンズを率いていたのは、「広岡達朗監督」や「森祇晶監督」でした。
彼らの特徴は「管理野球」です。
広岡監督が実施した管理野球は、
「徹底して選手の夜遊びや飲酒を禁止し、自然食を取り入れる」
といったことを実施したわけです。
広岡監督以前は、「フィジカル管理は勘や経験」の時代。
そこに「科学的な視点を取り入れた」ことは「大きな改革」でした。
しかし、例えば、
・白米より玄米の励行
・肉の大量摂取禁止
・守備や打撃練習では、口うるさいほど基本の徹底
・門限の設定
・オフの過ごし方
・・・
などグランド内はもちろん、ユニフォームを脱いでからも選手を管理しました。
この「管理野球の賛否」は別の機会に譲りますが、要は、
「君が問題を起こせば、チームのみんなに迷惑をかけるよ」
という考えのもとで「選手を管理」すれば、組織としてのリスクは極めて低いものとなり、管理はしやすくなります。
広岡監督の例はプロ野球ですが、学校スポーツにおいては「スポーツは教育の一環」という観点から「私生活を含めて指導者の責任、学校の責任」が問われます。
つまり「問題を誰かが起こした時は組織全体の責任」となるわけです。
(後編に続く)
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