我々アラフィフ世代には懐かしい「金ピカ先生」こと予備校講師の佐藤忠志氏(68才)が、2019年9月24日に都内の自宅で亡くなっているのが見つかったそうです。
40以下の世代には馴染みがないと思いますが、佐藤先生が一世風靡したのは、ベストセラーになった「ズバリ!合格の英単語」が発売されたのが1986年、「ズバ単ラップ」で歌手デビューしたのが1987年なので、1980年代後半から1990年代前半だと思います。
当時は、今でいえば、予備校講師のタレントとしてテレビ出演が多い林修先生のような存在でした。
私は代々木ゼミナールに通っていたので記憶がありますが、佐藤先生の授業は常に満席で受講申し込みをするのも大変でした。
しかし、今の時代だと、予備校授業での日本刀のパフォーマンスは、コンプライアンス的に完全にアウトでしょう。
ビリギャルじゃないですが、確か、佐藤先生も高校時代は劣等生で一念発起して慶応大学法学部に入学したというのが人気を博した「ウリ」だったと思います。
変な話、受験生にとっては、「頑張れば佐藤先生のように1年で偏差値が30伸ばすことができる」と夢と希望を抱いたわけです。
2019年9月7日号の「週刊現代」の「最近お姿をあまりお見かけしませんがお元気ですか?」という特集記事に佐藤先生の近況が載っていて、あまりの変わりように衝撃を受けました。
記事によると、
・現在は、都内の自宅で一人暮らし
・当時の面影はなく痩せこけて目はうつろ
・現在の収入はゼロ(最盛期は年収2億円)
・貯金もなく電気が止められ家の中は真っ暗
・2019年5月から生活保護を受けている(月額7万8千円)
・取材の謝礼をもらうと保護を止められるから受取れない
・2年ほど前に業を煮やして奥さまは出て行った(現在離婚調停中だったらしい)
・デイケアセンターの人が週に2回来て面倒を見てくれている
・希望は早く死にたい。それだけ
ということが書かれていました。
衝撃的なのは、痩せこけた見た目もそうですが、当時あれだけ稼いでいたのに、貯金がゼロという事実です。
「宵越しの金は持たない」主義だったのかもしれませんが、サラリーマンと違って、いい時も有れば悪い時も有るフリーランスですから、結果論ですが「しっかり老後に備えておく」ことは必要だったのでしょう。
当時は、「カリスマ予備校講師」と呼ばれる人がたくさんいて、授業には、タレントの「追っかけ」のような親衛隊がいて、講師の名前が書かれた団扇を持って前席に陣取っている受講生もいました。
・・・佐藤忠志先生を偲んでいたら、当時、有名だった講師の方はどうしているのか気になって、ネット検索で少し調べてみました。
《荻野文子先生》1957年生まれ
駿台、代ゼミの古文の講師として締め切り講座を続出させ、「受験界のマドンナ」として一世風靡しました。参考書の累計販売数は380万部を超えているそうです。
現在も学研などで古文を中心とした受験指導をされているそうです。
《出口 汪》1955年生まれ
現在も現代文・小論文の予備校講師、大学の客員教授などを務めているそうです。
受験参考書以外にも、ビジネス書の著作も多く、論理的思考に関する著作では、社会人になってからも私はお世話になっています。
佐藤先生は、私が大学受験生当時、30代半ばですが、出口先生は30代前半、荻野先生にいたってはまだ20代だったことに驚きです。
荻野先生や出口先生は、少子化や予備校のVOD(ビデオオンデマンド)化にうまく対応して予備校冬の時代を乗り切ってきたイメージがありますが、佐藤先生は、こうした受験予備校のビジネス形態の変化に対応できなかったのかもしれません。
週刊現代の取材で佐藤先生が「希望は早く死にたい。それだけ」と語った言葉が印象的です。
佐藤先生のFacebookをチェックすると、意外にも亡くなった後に書き込みされている人はこれだけの著名人の割には極めて少なかったです。
佐藤先生のご冥福をお祈りします。
(※ 自分を変える“気づき”ロジカル・シンキングのススメ メルマガ665号より)
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