先日、大学の部活の新入生歓迎会があり出席してきました。
今年の新入生は7人。
そのうち、ひとりは、中国からの留学生で、創部以来初の留学生部員です。
私が所属していた部活は1981年に創部しました。
当時の大学2年生が創部したので、私が入学した年で7年目8代目の部活でした。
現在、38周年が過ぎ、39年目の部活です。
私が大学院生1年目に10周年記念式典を開催しましたが、2年後には、40周年となるので、感慨深いものがあります。
この部活は、元々はエアライフル射撃の部活でしたが、エアライフルの所持許可が独り暮らしの学生にはなかなか警察から許可が下りず、そのため、所持許可がいらないボウガン射撃に競技を変えて発足したそうです。
当時は「いつ部員がいなくなって廃部になってもおかしくない」と言われていたので、よくここまでもったなぁ、と思います。
ポイントは、
・部活を指導してくれる人がいたこと
・世界選手権を目標にしたこと
ではないかと思っています。
私が入学した頃は、競技レベルが低く、全日本学生選手権や全日本選手権で部員が上位に食い込むことはありませんでした。
状況が変わったのが、1991年以降です。
何があったかといえば、1991年に世界選手権に出場したことです。
現在、NHKで大河ドラマ「いだてん」が放送中ですが、ストックホルム五輪に金栗四三氏が参加して、カルチャーショックを感じて帰国した時の状況と個人的にはダブるものがあり、かなりシンパシーを感じます。
詳細は省きますが、
・競技レベルが違う
・用具(銃器)の構造が違う
・世界の主流はアーチェリーのように距離が長い種目が主流
・競技人口が違う
・・・
といったことにショックを感じました。
そこで、まず、用具を海外から取り寄せました。
すると、競技レベルが格段に上がりました。
次に、したことは、各大学の幹部を集めて「リーダー研修会」という名の研修会を開催し、部員が少なくなった大学を「訪問活動」して、交流を深めました。
次に、自分が卒業した後の体制です。
それまでの部活の顧問は「名前だけ」で、一切、部活動に顔を出すことはありませんでした。
しかし、その先生が別の学部の教授となり顧問ができなくなったため、別の先生に顧問を頼みに行き、最終的には、競技をしてもらい、統括スポーツ団体の理事にもなってもらいました。
顧問の先生自体が競技をしてくれるので、それまで練習場所は、付属高校の弓道場や大学の空きスペースを間借りしていましたが、どさくさに紛れて「(実質)専用射場」を設置してもらいました。
そのおかげで、38周年を迎えることができたのでしょう。
また、今年開催された世界選手権では、現役の学生部員(女子)が個人戦で銀メダルに輝き、当時ではありえない出来事なので、感心するばかりです。
ただ、その先生も、現在、70代半ばになりました。
理想は、競技志向のあるOB部員が大学教員または職員になって顧問になることでしたが、現状いません。
それ以前に、統括団体の事務局や競技者が高齢化し、国内から競技としてこのスポーツが消滅する可能性もあると思います。
何とかしなければ、と思いを巡らせつつ、参加した今年の新入生歓迎会でした。
(※ 自分を変える“気づき”ロジカル・シンキングのススメ メルマガ651号より)
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