平昌五輪の開幕前は、北朝鮮の動向が大会開催のリスクになると騒がれましたが、こちらは、何事もなく大会終盤を迎えていますね。

ただ、悪条件の天候による条件が安定しない状態での競技開催が選手には可哀そうだなぁ、と感じましたが、それ以外は、なんだかんだ言って、アスリートの活躍や競技前後に語られる行動や言動のひとつひとつに重みがあり、見ているものに多くの感動を与える大会になっていて、オリンピックは、理屈抜きにわくわくするスポーツの祭典だな、と思います。

 

話題は少し変わりますが、平昌五輪開催前の大きな出来事のひとつに「ロシアの出場停止」問題がありました。

国家ぐるみで、ドーピング活動をやっていたことが、国際オリンピック委員会から非難を受け、結果的に「ロシア人選手で潔白が認められた選手は個人資格で出場できる」という決着になりました。

 

この話題で、少し違和感があるのは「個人資格で出場するなら、団体競技は、参考記録扱いにしてもよかったのではないか?」と思います。

オープン参加(参考記録)扱いにしなかったのは、団体競技の選手でドーピングに関して潔白な選手を救済する意味があったと思いますが、それでは、通常の「個人レベルが企てたドーピング」と一緒で「国家ぐるみのドーピングの企て」に対する処分としては、なんだか不透明な決着だった気がします。

 

例えは悪いですが、高校野球で、学校ぐるみで体罰問題があったり、野球部所属の非レギュラークラスの選手の喫煙が発覚した場合、大半の選手個人には何も問題がなくても、野球部として「活動停止」や「地方大会予選の出場見合わせ」という措置になるのが一般的です。

「頑張ってきた選手に罪はないのに」という議論もありますが、高野連が「学校ぐるみの体罰や部員の喫煙行動に対しては厳しく対処しますよ」という大方針がしっかり掲げられているのであれば、高野連のその強い方針を明確に示す意味で、「野球部の活動停止」という措置は妥当だと多くの人が考えるでしょう。

 

つまり、IOCが「ドーピング問題」に対して、厳しい方針を打ち出すのであれば、「国家ぐるみ」という点にもっと焦点をあてて、ロシア選手の出場に対して、厳しい措置をとっても良かったのではないかと思います。

 

ちなみに、参考までに、JOCのウェブサイトからの引用ですが、「ドーピングの定義(WADA規程)」を下記に掲載しておきます。

(以下引用です)

ドーピングとは、以下のアンチ・ドーピング違反行為の1つ以上が発生すること

1.競技者の身体からの検体に禁止物質、その代謝産物あるいはマーカーが存在すること。

2.禁止物質、禁止方法を使用する、または使用を企てること。

3.正式に通告された後で、正当な理由なく、検体採取を拒否すること。

4.競技外検査に関連した義務に違反すること。具体的には、居所情報を提出しないことや連絡された検査に来ないこと。

5.ドーピング・コントロールの一部を改ざんすること、改ざんを企てること。

6.禁止物質および禁止方法を所持すること。

7.禁止物質・禁止方法の不法取引を実行すること。

8.競技者に対して禁止物質や禁止方法を投与・使用すること、または投与・使用を企てること、アンチ・ドーピング規則違反を伴う形で支援、助長、援助、教唆、隠蔽などの共犯関係があること、またはこれらを企てる行為があること。

(引用ここまで)

 

IOC1960年代からドーピング問題について、強い方針で取り組んでいますが、個人的には、これからのIOC方針に「公平性、透明性」という観点を加えるべきだと思います。

今回、平昌五輪をみて、あらためて感じたのは、「競技映像や採点結果を基にしたウェブ上での情報拡散」です。

 

具体例としては、スノーボードハーフパイプ男子の金銀を競ったショーンホワイト選手と平野歩夢選手の演技です。

4年前のソチ五輪と比較して、技が高難度になり、テレビで見ているだけだとわかりませんが、リプレイやスロー画像で確認すると、ショーンホワイト選手の「グラブ」は、ボードをタッチしているだけで、つまり、技の完成度が低いにもかかわらず、平野選手より高得点が出ています。

 

詳細は省きますが、この問題は「ハープパイプの採点方法」にあることは明確です。

ハーフパイプの場合、転倒などによるミスはおおよその減点が決まっていますが、それ以外は、

・演技中の技の高さ

・技の難易度

・技の完成度

・演技全体の技の多様性

・全体的な印象

という「採点項目」は決まっていますが、「採点基準」は、例えば「技ごとの得点がフィギュアスケートのように決まっていない」という致命的な欠陥があります。

 

純粋にタイムで競う競技は、例えば、スピードスケートのようにインスタート、アウトスタートの有利不利という問題はありますが、とりあえず、「OK」として、採点競技は、原則的に、以下の2つについては、各競技団体で明確にしない限り、「五輪種目からは除外する」という方針をIOCには取ってもらいたいと思います。

 

IOCで明確にすべき2つの大原則】(私案)

◆採点基準が明確で公表されていること

◆採点者の国籍など公平性が担保されていること

 

その他にも、例えば、

・ジャッジが難しい競技に対しては、ビデオ判定(あるいはAI)の導入

・ジャッジの力量に関するシステムの確立(例:力量の育成、維持、資格付与、はく奪基準)

といったことは、各団体で明確になっていなければ、IOCから是正勧告する仕組みが必要だと思います。

 

スキーのジャンプの場合は、風による有利不利があっても、一応、ゲートファクターとかウインドファクターがあるので、これらの補正値が科学的データに基づいているのであれば、競技の特性上、室外で実施せざるを得ないので、個人的には、評価できる基準だと思います。

ジャンプの場合、敢えて、シロウト目線で問題を呈すれば、「飛型点」のジャッジの公平性担保の仕組みの強化でしょう。

 

フィギュアスケートは、技術点に関しては、採点基準はかなり明確です。

シロウト目線で、不可解なのは「演技構成点」です。

「スケーティング技術」「音楽の解釈」「振り付けと構成」「演技と実行」「つなぎのフットワークと動作」に関しては、素人目には、平昌五輪でいえば、日本の坂本選手とイタリアのコストナー選手の演技構成点になぜ、6点近くの大差がつくのが、全くわかりません。

審判のプロが採点しているので、結果を信用するとしても、他の審判員とバラつき幅が大きい審判は除外するとか、順位がせっている国出身の審判は採点から外れるなど、「公正性の仕組み」は必要だと思います。

 

IOC的には、放映権料がたくさん手に入る「見栄えの良い競技」に注目しているかもしれませんが、スポーツを通じた世界平和という観点で捉えれば「ドーピングの次のテーマは採点競技の透明性、公平性」にして欲しいものだと思います。

(※ 自分を変える“気づき”ロジカル・シンキングのススメ メルマガ582号より)

 

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