お笑いコンビ「とんねるず」の石橋貴明さんがコントで演じるキャラクター「保毛尾田保毛男」について、ネット上では賛否の意見が飛び交っています。
ことの発端は、2017年9月28日に放送された『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ系)です。
この日は、「30周年記念特番」で、30年近く前に人気があったキャラクター「保毛尾田保毛男(ほもおだほもお)」が復活しました。
しかし、このキャラクターは「同性愛者を揶揄している」(番組内で“ホモ”という言葉が何度も流れた)と抗議が寄せられ、フジテレビの岡田社長が謝罪することになったわけです。
私は、30年近く前に、この番組をリアルタイムで見ていましたので、「懐かしいキャラクターだな」というセンチメンタルな気持ちが強かったのが正直なところです。
しかし、今の時代は、
◆LGBT(セクシャルマイノリティ)への理解が社会的に求められている
◆テレビ番組は、「番組の面白さより、表現に対する問題性」を重視する時代
です。
つまり、「表現の自由」が日本では保障されている一方、不特定多数の大衆メディアであるテレビ視聴者には、「NHKのように全視聴者から受信料を取っている番組が制作されている」ケースや、「民放局のようにスポンサーが番組制作費を負担している」ケースと番組形態はさまざまですが、制作過程で「表現の自由」よりも「利害関係者の声」がもっとも重視される時代です。
だからテレビは「多様な利害関係者に配慮して、表現が制限され過ぎてテレビが面白くない」と言われようと、文学作品や映画より「表現に対する問題性」は、敏感でなければなりません。
私見ですが、現代のテレビで「保毛尾田保毛男」が放映できるとしたら「テレビバラエティ史」のようなドキュメント形式で「その時代に流行した文化」として触れる程度しか無理なのかもしれません。
それにしても、月並みですが、今の時代は「ポリティカル・コレクトネス」の時代です。
「ポリティカル・コネクトレス」とは、「人種や民族、宗教や性別、さらには性的指向まで、いかなる観点からみても差別や偏見を含まない表現」のことを言います。
例を挙げれば、日本では、
・「看護婦」→「看護師」
・「保健婦」→「保健師」
・「保母」→「保育士」
・「スチュワーデス」→「キャビン・アテンダント」
・「ビジネスマン」→「ビジネスパーソン」
といった性差別のない言葉に言い換えられるようになっています。
この件に関する個人的な思い出は、私が高校生の時(1980年代前半)の「現代社会」の先生が、「おかま」という言葉にものすごく敏感だったことです。
当時、「雑民党代表の東郷健氏」(“伝説のおかま”と呼ばれている)が、よく国政選挙になると出馬し、政見放送の内容が私たち高校生の間でも話題になりました。
するとクラスメートのひとりが、ある日、悪ふざけで「おかまに人権はない」と教室の後ろにあった黒板に落書きをしました。
私たち生徒はもちろん、その落書きを見ていたはずの他の何人もの教師が何も言わなかったのですが、「現代社会」の先生だけが「誰だ、この落書きを書いた者は!君たちには、性差別を助長するような人間になってほしくない」と激しく言われたのです。
その後の休み時間の教室の空気は「先生はなんであんなにムキになったの?」という感じでしたが、今の時代で考えれば当たり前の話ですが、この先生(確か、東京高等師範学校(現在の筑波大)出身の定年間近の年輩の先生でした。ご存命ならおそらく90歳を過ぎている。)の時代感覚は先見性があったといえるのでしょう。
これらの言い換えは、若い世代の方にとっては、ものごころがついた時から普通に使われる表現だと思いますが、問題は、言い換えが日常的になる以前に生きてきた世代です。
当たり前ですが「時代とともに変化する価値観を敏感に認識・理解していかなければ生きていけない」わけですね。
(※ 自分を変える“気づき”ロジカル・シンキングのススメ メルマガ562号より)
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