雑誌のコラムでよく目にする投資家のグッチーさん(モルガン・スタンレー証券などを経て現在はM&Aを手掛ける会社に在籍されている)がAERA(2017年6月5日号)で、「なるほどね」と思うことを述べていました。
AERAでの主張は主に、
◆日本のいわゆるエリートたちは、日本のために前面に立ってリスクを負わなくてはならないのに、そういう人たちに限って、役所や企業の上層部にいて、自分だけ常に安全地帯にいられるように動き回っている印象が非常に強い
◆社会を背負うべく教育されてきたんだから、彼らがリスクを負って事をなさねば、会社にしても地域にしても、ましてや国はよくなるはずはない
◆アメリカにはとんでもないエリートがいるわけですが、彼らがやっていることは、リスクリスクと騒ぐことではなく、まさに社会の先頭に立って、時代を切り開くことだ
◆新しいビジネスを起こす人たちは、ピカピカの学歴を持っているスーパーエリートたち。彼らは事業の結果に責任を負っている
◆日本では逆で、エリートと言われる人たちは役所や大企業にみんな行ってしまい、しかもその組織の中で自らは安全を保ちリスクを取らず、(上から目線で)あれこれダメ出ししているだけ
◆責任をだれも負わないので、組織としては停滞していく
そもそも論でいうと、税金の分配を決める役人には、利益を出すシステムや苦労を知っている人が全くいない。それを知らないで税金の分配を決めるので、とんでもないものに金を出すことになるし、今の日本の社会で消費税を増税すると何が起きるかなんてことすら微塵も想像できないという恐ろしい事態が起きる
◆地方公務員も同じで、税金の元になるものをつくり出す経験もない人が分配できると思うことが大間違いです
◆同じ事が1980年代にソビエト連邦で起きた。
スーパーエリートたちが何の経験もないままに、知識だけで国家を統制することに専念していたら国が潰れてしまった
◆(こうした組織の衰退は)社会主義云々以前の問題で、今の日本の状況はあの当時のソビエトとよく似ている
ぐっちーさんのおっしゃる通りですね。
「スーパーエリートたちが何の経験もないままに、知識だけで国家を統制している」
・・・まさに、日本の官僚機構そのものです。
そもそも、日本の官僚システムは、試験制度、採用方法、人事制度などを見直す時期に来ていると思います。
国家公務員の場合、
・国家公務員総合職試験(院卒者、大卒程度)
・国家公務員一般職試験(本省採用等)(大卒程度)
・国家公務員一般職試験(大卒程度)
・国家公務員一般職試験(高卒者)
・専門職試験
・経験者採用試験
などに2012年に再編されました。
しかし、日本の中枢を担うキャリアは、旧試験の上級や1種試験合格者で、減点主義でそつなく仕事をこなしてきた人がのし上がるシステムです。
「東大卒が日本のトップの担い手」とは必ず死に思いませんが、例えば、ベンチャー企業経験者や企業勤務経験者がキャリアに登用される仕組みがもっと機能しなければダメだと思います。
キャリア官僚もそうですが、政治家も「覚悟をもって」「リスクを負って」「日本の未来のために」と気概溢れる人材が誕生してこない土壌にどんどんなってきている気がします。
「そういうお前はどうなんだよ」と言われてしまいそうですが、仮に20歳若かったとしても私の場合は、「気概はあっても明らかに能力不足」で不適応者です。
スポーツの世界は、先日、大躍進を遂げた卓球をはじめ、国家規模でエリート教育をしています。スポーツでは「エリート教育」というのは、批判の対象にされず、「どんどんやった方がいい」という多くの日本人の価値観がありますが、「頭脳」に関しての「国家的エリート教育(知識だけでなく実務経験、戦略、人脈に長けた人材づくり)」というとやや拒否反応があり、「自然の流れに任せている」感じがあります。
もちろん、「能力がある人はエリート教育に関係なく在野の雑草から這い上がる」仕組みは必要ですが、「国家的エリート育成(知識だけでない使命感も持っている人材)」がないと「安全地帯に身を寄せる覚悟のないエリート」ばかりが日本の中枢を担うことになり、1980年代のソビエト状態になる気がしてなりません。
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