政治家も官僚も大企業の経営者も、行動経済性ちぃう期に比べて「小粒になった」と言われるようになって久しいですね。
財界を見渡しても、昔なら「めざし朝食の土光さん」のように、日本国中の誰もが知っている大物財界人がいました。
しかし、今では、会社の歴史が浅いベンチャー企業であれば、孫正義氏や三木谷浩司氏の名前が誰もの頭に浮かびますが、いわゆる、「歴史のある日本の大手企業経営者」となると、ピンと来る経営者が出てきていません。
また、主たる経済団体のひとつである「経団連」の会長も「今の会長って誰だっけ?」という印象です。
要は、リーダー不在といわれる時代ですが、この状況を打開するには、どんな手段があるのかなぁ、と日々考えていますが、その解決策の一つに「郷中(ごじゅう)教育」があるのではないかと思います。
「郷中教育」とは、薩摩藩にあった教育システムです。
静岡芸術文化大学准教授の磯田道史氏によれば、そのシステムとは、
◆地域ごとにごとに6歳から15歳ぐらいの少年が集まり、そこに15~25歳ぐらいの先輩がついて行なう自習システム
◆まず早朝にひとりで先生(主に近所のインテリ武士)の家に行って儒学や書道などの教えを受ける
◆誰を先生に選び、何を学ぶかは、子供が自分で勝手に決めていい
◆次に子供だけで集まって、車座になり「今日は何を学んだか」を各自が口頭で発表する
◆決まった校舎や教室はなくて、毎日、子供が順番で、地域の家に「今日はこの家を教室に貸してください」と交渉する
◆「詮議(せんぎ)」という今でいう「ケーススタディ」で、起こり得るけど簡単には答えが出ないような状況を想定し、その解決策を皆で考え合う訓練をする
というような仕組みだったそうです。
ケーススタディでは、例えば、
「殿様の用事で急いでいるが、早駕籠でも間に合わない。どうするか」
「殿様と一緒に乗っていた船が難破した。向こうから一艘の助け船が来たが、乗っているのは自分の親の敵だった。どうするか」
といったリアルな「想定問題」について、各自が自分だったらどうするかを述べ、皆で議論したそうです。
この教育の良いところは、
・実践的スキルを向上させる学習会を行なっていたこと
・先生がいろいろいて、思想が統一されないこと
・皆に話す本人の復習になり、口伝えや耳聞きによって、知識を皆で効率よく共有できること
・ちゃんと理解してるか、厳しく仲間同士でチェックし合うこと
といった「会話コミュニケーション重視の学習」だったことでしょう。
郷中教育のシステムでは、地域ごとを基盤とした青少年を
・小稚児(こちご、6-10歳)
・長稚児(おせちご、11-15歳)
・二才(にせ、15-25歳)
・長老(おせんし、妻帯した先輩)
の4つのグループに編成し、それぞれのグループで「頭(かしら)」(例:二才頭など)が選ばれていたそうです。
頭は郷中での生活の一切を監督し、その責任を負ったそうで、リーダーシップやトップとしての責任感を学び身に着けていくことができたのでしょう。
今の時代は「機会均等」という名のもとに、官僚システムは、ペーパー試験と省庁採用担当者との面接で決まり、登用された採用区分で、ある程度の退職までの標準キャリアが決まります。
民間企業にしても、従業員数がグループ含めて万単位の組織では、学歴や採用区分である程度、定年までのルートは決まってしまいます。
幕末の薩摩藩からは、西郷隆盛や大久保利通など「偉人」を輩出しましたが、彼らは、「名二才頭」と呼ばれていたそうです。
幼少期からのこうした集団学習システムの中で、培われたリーダー資質は、なかなかペーパーテストの結果では、抽出されにくいと思います。
今の時代に、当てはめると、地域的にこのシステムを作り上げることは難しいのかもしれませんが、小中高一貫教育システムなどで、それを実現することはできるかもしれません。
リーダー教育の在り方について、日本全体で、もっと考えていかなければ、「優秀だけど小粒」な人材ばかりをさらに生み出していく日本になっていってしまう気がします。
企業がどんどんグローバル化している今、「優秀だけどリーダーシップやトップの責任感不足の人材ばかりを生み出す」ことでは、どんどん経営トップは、外国人にその座を奪われてしまいそうですね。
(※ 自分を変える“気づき”ロジカル・シンキングのススメ メルマガ538号より)
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