2017年4月23日付の関西テレビが、JR福知山線脱線転覆事故からまる12年経過する3日前の4月22日に、事故の遺族らが開催したシンポジウムについて報じていました。
報道によると、
◆遺族らがシンポジウムを開き、企業に刑事罰を科す「組織罰」の実現を訴えた
◆兵庫県尼崎市で「組織罰を実現する会」が開いたシンポジウムには、約110人が参加した
◆現在の刑法では、重大事故が起きた際個人の刑事責任しか問うことができない
◆遺族は企業に刑事罰を科す「組織罰」の実現が、悲惨な事故を防ぐことにつながると訴えた
とそうです。
早いもので、JR福知山線脱線転覆事故から2017年4月25日でまる12年です。
私事ですが、事故があった当時は、独立した1年目の出来事だったので、組織のマネジメントシステムの改善やリスクマネジメントについて指導助言する立場としては、よくこの事故を題材に「なぜ事故は発生したのか?」を講習会などのケーススタディとして実施させていただきました。
ちなみに、仏教の世界のならわしとして「法要」があり、死後七日ごとに法要を営み、死者を弔い、通常は、四十九日で忌明けとなるようです。
忙しい現代社会では、
・初七日
・四十九日
・一周忌
・三回忌
・七回忌
・十三回忌
ぐらいで法要は終了でしょう。
その後は、十七回忌、二十三回忌、二十七回忌、三十三回忌、五十回忌があるようですが、個人的には、十七回忌以降の法要には、出席したこともないし、親類・友人・知人が「先日、二十七回忌の法要に出席した」という話も聞いたことがありません。
おそらく、故人とかかわりがある人も死後20年近く経過すると、少なくなり「行事」としては、成立しないので、きわめて近しい親族以外を法要のために集めるということは、現実的でないのでしょうね。
確か、2014年に石原裕次郎さんの二十三回忌の法要が国立競技場で執り行われましたが、渡哲也さんが、あいさつで「公式の法要はこれが最後」のようなことを話していたように記憶しています。
著名人の場合でも二十三回忌が限界ですから、寂しい話ですが、福知山線脱線転覆事故の記憶も十三回忌を境にメディアが取り上げる話題としては急激に減り、世間の記憶から風化していくのかもしれません。
さて、話を「組織罰実現」に戻しますが、個人的には、
「必要な法整備、だけど、実現は難しいし、仮に制定されても裁判で刑事罰を問うのは個人の刑事罰よりさらに難しい」
という気がしています。
遺族側の立場で考えれば、刑事的に誰も責任を取っていない、という思いは強いでしょう。
個人責任が問えないなら組織(法人)に責任を取ってもらおう、という気持ちは理解できます。
シンポジウムの詳細を知りませんが、仮に組織罰が問われる場合の罰則はどのようになるのでしょう。
行政処分の世界なら、食中毒を発生させた飲食店の「営業停止」や談合や死亡事故を発生させた建設会社に「入札指名停止」という処分がありますが、JR西日本のような鉄道会社の場合は、どのような刑事罰を想定しているのでしょう。
この事故は、端的には、日勤教育処分を恐れた故高見運転手の暴走運転によるものとなりますが、ATS設置が義務付けられていたわけではないので、経営陣や管理職員の道義的責任は問えても、刑事的責任は問いにくいです。
組織罰は理念理想としては必要だと思いますが、現実的には、個人よりもっと責任の所在があいまいになりそうな気がするので、今後、どのように法律の専門家の中で議論されていくのが注目していきたいです。
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