2017年3月31日放送のTBSテレビで、「因縁対決」を放送していました。
番組宣伝段階から一番関心があったのが、元横綱曙関とタレントの相原勇さんの「婚約破棄騒動」でした。
番組を見て、率直な感想は、いわゆる「ふたりの想いのすれ違い」が騒動の原因なんだと思いました。
当時の報道を鮮明に覚えていますが、マスメディアの報道により、曙関は「相原勇を振った(ひどい)男」、相原勇さんは「曙に振られた(かわいそうな)女」というイメージがいまだに定着しています。
そのような報道になったのは、同時のマスメディアの取材を通じて、相原さんは「なんでそうなったのかわからない」という状態で、曙関は「かわいそうだけでは結婚できない」「愛しているとは言えない」というコメントをしていたので、世間一般は「あんなにラブラブだったのに、なんで、曙関の気持ちは離れていったんだろう?」とキツネにつままれた気分だったからです。
番組を通じてわかったのは、曙関は、交際宣言以降は成績不振になり、精神状態は最悪で、復活して優勝するために必死だったということです。
成績不振中に相原さんと「優勝したら結婚しよう」と約束したようですが、相原さんの結婚への思いは強く「優勝するまで待ってくれ」と曙関は言っていた本当の意味を相原さんは、理解していなかったのでしょう。
曙関の「優勝するまで待ってくれ」は、どうも、「優勝するまでは結婚のことは置いて相撲だけに集中させてほしい」の意味だったわけです。
しかし、相原さんは、「優勝したら結婚できる」と考え、どんどんレギュラーの仕事を降板し、マスメディアからの曙関との関係を聞かれる取材では「私は愛する人と結婚できることだけが望みです」と発言していたので、「なんで俺の復活するまで結婚のことはしばらく話題にせず置いておこうと言ったのにわかってくれないの?」と、曙関の心は徐々に離れていったのでしょう。
予想ですが、きっと曙関は、相原さんに遠まわしで「会うのはしばらくやめよう」とか別れをにおわすことは言っていたのでしょう。
しかし、相原さんは「優勝すれば結婚できる」と疑わなかったので、曙関のサインは見えていなかったのでしょう。
ただ、客観的にみると、相原さんには、曙関の代理人の人が「結婚のことは忘れてください」と伝えに来たそうですが、相原さんが状況を理解していない以上、直接会って話すか、あるいは、共通の友人を交えて話をするか、それとも、代理人を通してだとしても、曙関の気持ちの移り変わりとその理由を代弁できる人に伝えてもらうべきだったと思います。
相原さんは、「婚約破局騒動」から20年経ったいまでも、事情が分からずにいたので、相原さんに入る仕事は、「婚約破局騒動ネタ」ですから、そこらじゅうの番組で「今でもなぜそうなったのかわかりません」という気持ちをしゃべくりまくってきたわけです。
しかし、それを見た曙家の奥様や子供たちは気分がいいはずはありません。
著名人同士の恋愛ですから、破局理由が闇のままで、かつ、一方が納得していないわけですから、「世間の関心に加えて、一方の当事者が話題にする」のはある意味当然で、そういう意味では、曙関は、「しっかりお互いが納得する別れ」にしておくべきだったといえるでしょう。
それにしても、当時、飛ぶ鳥を落とす勢いの売れっ子タレントだった相原勇さんは、その後、テレビタレントとしては世間からほぼ消えてしまいました。
当時は、いまより芸能ニュース報道が過激な時代でしたから、お互いの気持ちを直接話すより、マスメディアの報道を通じて気持ちを伝えあう時代でした。
これは、うまくいっているときはいいのですが、ずれが生じ始めたときは、報道で知る相手の気持ちがプレッシャーに感じたり、重く感じたりしてどんどん心が離れていくわけです。
「破局が闇」といえば、曙関と同じ時代に活躍した貴乃花関と宮沢りえさんのケースも本当の破局理由がわかりません。
こちらは、本人同士が納得している話なので、「闇」のまま世間に出てくることはないのでしょうけれど、野次馬根性的には、なぜ破局したのか、知りたいですね~(笑)
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