「人の振り見て我が振り直せ」

ということわざを最近、よく実感します。

 

 

年齢を重ねると、ついつい、

「最近の若いもんは」とか「昔はこうだった」

というフレーズの話をしてしまいます。

 

 

もちろん、自分もそうでしたが、若い時には、好奇心旺盛で、知識欲もあり、なんでも貪欲に諸先輩や目上の人、経験者の話は吸収したい、という欲求がある。

したがって「最近の若いもんは」系の話も、うざくてくどい部分を適度に「受け流す」技術があれば、「なるほど」と勉強になることの方が多いし、ためになる。

 

 

まぁ、これは宿命で、若い時は、一般的に経験不足だから、年長者や知識や経験が深い方の話を聞いて、インプットしなければ、データーベースが基本的に不足しているから、成長ができない。

 

 

ただ、自分が社会の中で中間層より上の世代になってくると、さらに上の世代が、昔話をしているときに、

「もうそれ以上話がくどいと、若者は、もう完全に話しをスルーして聞いていませんよ」

というのが客観的に見えるときがよくある。

先日も、団塊世代の社長と20代の若手社員が雑談している場にわたしが居る、というシチュエーションがあった。

その際に、社長は、趣旨として、

「人生、90年と言われる時代になったのだから、めちゃめちゃ死ぬ思いで苦労する時代が10年、15年あってもいいんじゃないか。その苦労を乗り越えてビジネスマンとして一流になれるし、成長できる」

というようなことを話していたのだが、途中から、

「昔は、まさに月月火水木金金、のつもりで365日働いた。いまは実質200数日しか働いていなくて甘い」

みたいな話がくどくなってきて、若手が明らかに「話しを右から左に受け流している」のが、傍で聞いていた中間層年代の私にはわかったが、社長はそれを感じ取らなかったようで、延々と話している。

こうなると、まさに「自分もそうならないように気をつけよっと」となる。

 

 

別のエピソードであるが、バスに乗っていたら、70近いおじさんとそのおじさんの近所に住んでいるらしい40代のちょっとこぶとりの学校の先生という組み合わせを見かけた。

おそらく、ふたりは、近所の顔見知りで、たまたま帰宅時間帯のバスに乗り合わせたという感じだった。

おじさんは、数年前に40年以上勤務した会社を退職したこと、退職金が4000万だったこと、今は警備員の仕事を派遣でしていること、警備員の仕事は、11万円で、2時間の時もあれば8時間勤務の時もあるが1万円であること、通勤手当が11500円出ることなどを話していた。

40代の人は、最初は、ひさびさに会った近所の目上の人、という感じでし素直に話しを聞いていたが、そのうち、おじさんが「今度の日曜日にいっぱいやりましょうよ、驕りますよ」とか「今度、有志で海外旅行に行く計画があって、HIS3泊四日だけど10万程度で先生も行きましょうよ」とか「(40代の先生がこぶとりだから)糖尿病には気をつけた方がいいよ」とか、素直に話しを聞いていることをいいことに、どんどん話が発展していって、明らかに、何度もやんわりスルーしているのであるが、おじさんの「一緒に飲もう」的なお誘い攻撃は止まらない。

 

 

おじさんの声は、自分が想像している以上にでかい声で、バス車内に響き渡っていたから、私以外の他の乗客も不快感や「このつかまっちゃった40代の人、かわいそうだなぁ」という視線を送っているのだが、おじさんは、全くまわりの状況に気づかない。

 

 

また、別のエピソードだと、出張で来た女性の方(おばちゃま)が、「地元の人しか来ないようなお店」を探して、ふらっと入ってきた。

私は、たまたま、そのお店に居合わせたのであるが、「お客さん、お目が高いですね、このお店を見つけるとは、すごい目利き力ですね」と話のきっかけを作って、お店に滞留させようとマスターに話しを振ると、おばちゃまの話しが止まらなくなってきた。

 

 

これらを見て、ほどほどにしないと、「おっさん(おばちゃん)のくだくだ話」になって、次は相手にされなくなってしまうなぁ、と実感した。

ホント、自分自身も気をつけたいです。

(※ 自分を変える“気づき”ロジカル・シンキングのススメ メルマガ498号より)

 

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