2016年12月23日付の産経新聞によると、
(以下引用)
「厚生労働省は22日、平成28年の人口動態統計の年間推計を発表した。出生数は前年比2万5千人減の98万1千人となり、戦前の旧戸籍法に基づく明治32(1899)年の統計開始以来、過去最少となった。年間の出生数が100万人を割るのは初めてで、厚労省は「主な出産世代とされる20~30代の女性の人口減が大きな要因」としている。
死亡数は前年より6千人多い129万6千人で戦後最多。死亡数から出生数を差し引いた人口の自然減は過去最多の31万5千人で、10年連続で増加した。
平成28年の婚姻件数は62万1千組で、前年に比べ1万4千組減り、戦後最少。離婚件数は前年比9千組減の21万7千組だった。」
(引用ここまで)
と報じていました。
おそらく、統計開始以後、日本の史上最高の出生数だったのが、1949年(昭和24年)の約270万人(昭和22年~24年が第一次ベビーブーム)で、その第一次ベビーブーム世代の2世たちが第2次ベビーブームと呼ばれる1971年~1974年で1973年が約209万人となっている。
第一次ベビーブームから第2次ベビーブームまでの間隔は、約24年。
その公式を当てはめると、本来、日本の出生数は、1995年からの数年間は「山」(増加)ができていなければならないのに、基本的には、第2次ベビーブーム以降はゆるやかに「右肩下がり」である。
詳しい人口分析は、人口学者がされていると思うので、シロウト考えであるが、男女雇用機会均等法が成立したのが1985年。
女性の社会進出が1985年以降はさらに進み、しかも、女性も高学歴になった。
高学歴になれば、学生結婚はまれだから、必然的に女性の結婚年齢が上がり、したがって初産年齢も上がる。
しかも、女性がどんどん社会進出することになると、2人目、3人目の出産は物理的にも厳しくなる。
もちろん、そんな社会情勢に合わせて、産休制度だけでなく、男性の育休制度なども整備されてきたが、共働きが基本系になっていくスピードにたいして、社会制度が追いつかなかったことも少子化の要員のひとつにはあるでしょうね。
また、「家制度」が薄れ、「情報が増えたこと」「価値観が多様化したこと」も晩婚化、非婚姻化に拍車がかかったのでしょう。
「○○家を守る」という概念が強かった時代は、跡取りであれば、親やまわりが結婚相手を必死で探してきただろうし、女性しか子供がいなければ、婿養子を取るといったことを周囲が懸命にやっただろう。
また、情報が入手しやすくなったことも、「交際相手を探す際のハードルを上げている要因」になっていると思う。
これは、商品を探す時と一緒で、以前であれば、近所の商店やスーパー、専門店という限られた範囲の中から、要は選択肢が限られた中からものを探して購入していたが、雑誌やネットで世の中の情報が多く入るようになると、少しでも条件(性能)の良い製品や価格が安い商品を探すことができる。
パートナー選びも、ある意味、情報が増えると、満足度のハードルが上がります。
価値観の多様化も、「人間の幸せは、いい学校を出て、安定した企業に就職して、こどもを2~3人作って。。。」というモデルが大方の価値観だった時代からさまざまに広がれば、これも結果として少子化の要因となっているでしょう。
「国を滅ぼさないために出生数対策」をするのは、国家の役割だし、国家は「国を滅ぼさないための政策」を基本に考えるのが国としてのありようでしょう。
しかし、「国を滅ぼさないために多様化した価値観を否定する」のは、「人それぞれのしあわせ」を最優先した場合、本末転倒です。
(要は、国を滅ぼさないために、強制的にどんどん結婚して、どんどん子供を作れ、という考えはおかしい)
つまり、「人それぞれのしあわせがあってこそ日本社会」という発想に立てば、まだまだ、法律の整備や経済対策など、「政策としての不十分さ」はあるにせよ、それらを施したうえでの出生数低下→結果としての人口減少→日本という国家の崩壊、は悲しいですが、止むを得ないと思います。
価値観が多様化し、情報を広く入手できるようになった今の時代は、基本的には「いいこと」だと思いますが、「知らぬが仏」じゃないですが、「知らなければ知らないなりに幸せ」という国家として情報統制している北朝鮮や中国のやり方も国家(というか権力者層)を守るためには必要な方法なのかもしれません。
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