「勤労、勤勉の象徴」ともいえる「薪を背負い、歩きながら本を読む二宮金次郎象」が、近年、学校から撤去されているという。
撤去理由は、
◇勤勉の精神が時代に合っていない
◇ながら歩きは危険だ
ということらしい。
確かに、今の時代は、「ながら行動」が教育の世界からは排除された指導がされている。
「歩きながら本を読む」姿は、昔は「勤勉の象徴」だったが、歩きスマホが社会問題となっている今、「像が撤去される学校が増える」のも仕方がないのかな、と思う。
ただ、個人的には、二宮金次郎象に関わらず、今の時代と合わない歴史上の産物は、「その時代の時代背景を理解させる」という意味において、「現代風に変更」することはないと思う。
聞くところによると、「薪を背負って本を読む」姿は「歩きスマホを誘発する」という理由で「座った二宮金次郎象」があるそうだが、これこそ変だ。
昔は、一家族の中での子供の数が多く、年長の年の離れたきょうだいが幼い弟や妹の面倒を見ながら家の手伝いをしたり、勉強するのは、当たり前だったし、当時は、歩きながら本を読んでも、人にぶつかり安全性が損なわれるほど、人口が密集する場所は少なかったはず、という背景理解と想像力を養う意味で、「現代風改良版の象」は、止めてほしいなぁ、と思う。
しかし、ネットで二宮金次郎象について調べてみると、あのお馴染の姿(薪を背負って本を読む)は、「勤労勤勉をわかりやすく伝える創作」だったらしい。
お馴染の姿は、一説には、1891年に幸田露伴は子ども向けの伝記「二宮尊徳翁」を出版したが、その中の挿絵として「例の姿」が描かれ、世間に「二宮金次郎=薪を背負って本を読む人」が広がったらしい。
そうだとすると、そもそも、「薪を背負って本を読む」姿は、二宮金次郎がリアルにしていたことではなく、史実に反するわけではないため、固執することでもないのかもしれない。
実際は、「薪を背負って労働しながら学校で習ったことをそらんじて復習した」というのが、事実のようである。
「勤労勤勉の象徴」として、二宮金次郎を世間に伝えるために、わかりやすい挿絵を書いた挿絵画家も、まさか、100年以上のちに、このような論争が起きるとは夢にも思わなかったことでしょうね。
(※ 自分を変える“気づき”ロジカル・シンキングのススメ メルマガ479号より)
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